■「勤勉主義」と「寝そべり族」のあいだ
石井知章編『ポストコロナにおける中国の労働社会』日本経済評論社 石井知章さま、執筆者の皆様、ご恵存賜り、ありがとうございました。 及川淳子「労働をめぐる社会意識の変化と習近平政権」を興味深く拝読しました。 中国では、大規模な社会統計やアンケート調査に制約があるため、いま中国人がどんな社会意識をもっているのかについて、なかなか知ることができないのですね。 それでも「流行語」を読み解くことで、中国社会の最近の傾向を分析できる。流行語のランキングがあるので、それを頼りに分析できるというのですね。 中国で「 996 」というのは、朝の九時から夜の九時まで、月曜日から土曜日までの六日間働く、という意味です。 「 007 」というのは、零時から零時まで、七日間働く、つまりすべての時間を労働に費やす、という意味です。これは不可能ですけれども、 996 よりも働いている人がいる、ということですね。 「内巻 involution 」という言葉は、私も聞いたことがありましたが、頑張れば頑張るほど、競争がより激化してしまうという、そういう社会状況を表しているのですね。これに対する自己防衛のあり方が、「躺平(とうへい)」と呼ばれるのですね。必死に頑張ることは避けたいけれども、寝そべり族になるのでもない。そこで 45 度の中間を維持したい、というわけですね。 しかし習近平は、「勤勉主義」という経済倫理を掲げています。これは中国では、憲法で定められているのですね。憲法 24 条は、 2018 年に新たに書き換えられました。そこでは「社会主義の核心的価値観」として、 (1) 国家の建設目標としての富強、民主、文明、和諧。 (2) 社会の構築理念としての自由、平等、公正、法治。 (3) 国民の道徳規範としての愛国、敬業、誠信、友善。 これらの価値が掲げられたのですね。ここで「敬業」というのが、日本語の勤勉に当たる言葉です。一生懸命に打ち込む、という意味です。これは社会主義というよりも、道徳国家の思想ですね。 日本はこのような道徳を憲法で明確にして強制することはありませんが、日本の経済成長を支えた倫理も、同じようなものだったのでしょう。日本と中国の経済倫理の違いについて、分析する価値がある