■保守主義とは、偉くなってから社会を変える立場なのか
川瀬貴之『やさしくておそろしい法哲学講義』 PHP 川瀬貴之さま、ご恵存賜りありがとうございました。 先日( 7 月)、イスタンブールのグラン・バザールの近くで偶然お会いして、久しぶりに会話を楽しみました。 保守主義とは、本書によれば、理想主義と対比される現実主義です。世界平和とか人類の救済といった「大きな理想」よりも、自分の足元の問題を整理することから始めます。社会の改革を成功させるためには、まず社会のなかで偉くなって、勝てる力を備えてから変えていく。このような発想が、保守主義だというのですね。 例えば、自分は社会のなかで、周辺的な存在だ、と感じているとしましょう。その場合、社会を変革するために、たくさん勉強して、弁護士になるとか、政治家になるという野心を持つ人もいるでしょう。ではそのような人は、保守的なのでしょうか。 その人が掲げる社会変革のビジョンは、保守的な場合もあれば、革新的な場合もあるでしょう。しかし発想として、社会のなかで偉くなるために、まず他者とうまくやっていく。ケンカはしない。批判もしない。その意味で、従順な生き方をする。そのような人生の戦略が、保守的だ、というのですね。 すると保守的な人にとって問題は、偉くなったら社会をどう変革するのか、ということでしょう。「偉くなりたいなら自民党へ、社会を変えたいなら野党へ」という言葉は、中道改革連合代表の小川淳也が、最近発したメッセージでした。しかし小川さんも基本的には、東大から官僚へ、というエリート・コースを歩んできたわけで、偉くなるコースだった。偉くなった後に、社会変革するために野党で政治家になった。これは保守的であるようには見えません。 繰り返すと、保守主義にとって重要な問題は、偉くなったら社会をどう変革するのか、です。その変革の方向性は、保守でも革新でもありうるのだと思いました。