投稿

■批判的実在論を拡張する

イメージ
佐藤春吉監、桂悠介 / 梶原はづき / 筈井俊輔編『批判的実在論入門 複雑な世界を説明するためのクリティカル・リアリズムの考え方』ナカニシヤ出版   西部忠さま、ご恵存賜りありがとうございました。    ロイ・バスカーの批判的実在論は、経験的な実在の他に「超経験的な実在」がある、と想定します。「ノン・アクチュアル」な実在と呼ばれます。これは、実在の深層にあるものであり、言い換えればメカニズムであり、力であり、傾向である、とされます。  社会科学的な説明では、ある理論を用いるときに、その理論が実在すると考えるのかどうかが問題になります。理論はたんなる仮説であって、道具であって、有用であればいい、使えるならいい、と考えるのかどうか。これは私たちが「知」を獲得する際に、実在に対してどのような態度をとった方が、うまく知ることができるのか、という問題でもあります。  私たちは、自分の人生の目的についても無知です。ですので人生の目的に対して、何が有用で、何が道具としてすぐれているのかについても、的確な判断をすることができません。そういう場合に、社会科学において有用な理論を使う、と言っても、人生の根本的な無知を克服することはできません。しかし批判的実在論は、私たちの無知を克服するために、理論にコミットするという場面で、その価値を発揮するのでしょう。  どういうことか。このノン・アクチュアルな実在は、私の思想(自生化主義)の観点から解釈すると、人間の実在の問題でもある。人間は、アクチュアルなものと経験的なものから成り立っているのではなく、人間という実在のなかに、ノン・アクチュアルな深層をもっている。それは潜在的可能性である。そのような人間の深層を理解することで、私たちは自分が思っている以上に、自分のこと、すなわち自分の能力(ポテンシャル)を知ることができる。批判的な実在という考え方を、このように人間にも当てはめるなら、私たちは自身の無知(自身の目的や善き生についての無知)を克服することができるのでしょう。  そのための哲学として、この批判的実在論を受けとめました。

■遺伝によって「生まれつき」が決まるわけではない

イメージ
ジョナサン・マークス『科学から見た人間の〈多様性〉とは何か 遺伝科学と疑似科学』桐谷知未訳、作品社   作品社編集部さま、ご恵存賜りありがとうございました。    この本は、よくある誤解を正す入門書です。  例えば、遺伝だ、生まれつきだ、運命だ、といったことは、それぞれ異なる意味をもつわけで、遺伝によって「生まれつき」が決まるわけではなく、「運命」が決まるわけでもない、ということですね。  また、遺伝的な差異が、人間集団を確定するわけでもない。例えばノルウェー人とデンマーク人を遺伝子レベルで差異化できるかというと、怪しいのですね。  私たちは、遺伝子の差異によって、血統を語ることがあります。しかし私たちが先祖から遺伝子を受けついでいるといっても、よく考えてみないといけない。 減数分裂と呼ばれる細胞分裂の過程で、生殖細胞の染色体の数は半分になります。その初期段階で、各染色体は、対となる相同染色体を見つけて、接着して断片を交換します。これを「乗り換え」と呼びます。この乗り換えによって、私たちは父親と母親の遺伝子を半分ずつ受け取ることになります。  すると、この過程を 11 世代繰り返すと、私たちは、 11 世代前の先祖の遺伝子を、 2048 人から受け継いだことになる。遠い世代から受け継いだ遺伝子は、平均して0. 1% 未満。では、この 2048 人の先祖を、自分の先祖として敬うことができるのか。敬うことができる人は、道徳的にどのような意味で美徳を持っているのか。この問題を考えてみたい。  この問題は同時に、未来向けて、私たちの 11 世代後の人たちへのケア(配慮与)という問題にもつながります。未来人をケアできる人は、どのような意味で美徳を持っているのか、という問題です。

■AIが作った曲は誰のもの?

イメージ
デイヴィッド・ベロス / アレクサンドル・モンタギュー『著作権全史 古代ギリシアから AI 時代まで』小佐田愛子訳、作品社   作品社編集部さま、ご恵存賜りありがとうございました。    本書は、著作権の歴史を鳥瞰しています。著作権をどの範囲で認めるかは、その権利の設定が、さらなる文化的発展を促すのか、という問題に依存するのでしょう。生産者たちが、ますます豊かなものを生産するインセンティヴをもつ。そして消費者も、ますます豊かなものを消費するインセンティヴをもつ。そのような関係を築けるのかどうかにかかっています。  では、生産者の生産インセンティヴを刺激して、消費者の消費インセンティヴを挫く場合はどうでしょう。反対に、消費者の消費インセンティヴを刺激して、生産者の生産インセンティヴを挫く場合はどうでしょう。著作権は、最終的にはバランスで決めることが望ましい。けれども実際には、そのバランスが分からない(不確定)なので、その時々の政治の権力関係によって、既得権層が儲かる仕組みになる、といったことが生じるのでしょう。  例えば、ドレスや靴の美的なデザインは、著作権を設定してもいいように見えますが、それが「もっぱら実用品のデザイン」として用いられる場合は、著作権を設定できないのですね。ところがこの基準は微妙で、実際に裁判で認められる著作権の範囲は、振れ幅が大きい、というのですね。 (254)  あるいは AI が作った曲ですが、これはいまのところ、著作権を登録した人が、その著作権を持つ。この場合の著作権の設定は、問題を「一時的に回避する策」と言えそうです。権利といっても、誰が権利を所有するのかについて答えがない問題に対する「回避策」として、暫定的に設ける権利だと。そのような暫定的な権利も、制度的に正当化されるのですね。  本書は最後に、「もし翻訳権(翻訳書に対する原作者の著作権)が設定されなかったとしたら、世界はどうなっていたか」という問いを検討しています。興味深いです。本書は言及していませんが、そうなるとおそらく、読者は自国の作家が書いた本よりも、他国の作家が書いた本を読むようになるでしょう。翻訳本の方が割安だからです。すると世界は、もっと人々のあいだの心理的な距離を縮めていたかもしれません。

■プラットフォーム企業は商品の価値を創造する

イメージ
安藤元博『価値創造する市場 テクノロジーが紡ぐ新しい交換』勁草書房   安藤元博さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。    本書は「広告が価値創造の一端を担う」という考えを、オーストリア学派の理論を取り入れて論じています。オーストリア学派は、価値の創造過程を論じているわけではありません。あくまでも価値を主観的に捉える、という学派です。しかし価値を主観的に捉えることは、生産の場面で、労働者の労働が価値を生むだけでなく、流通の過程で広告業者が商品に価値を加えることを許容するでしょう。  さて、この商品の価値という考え方を、商品のプラットフォームづくりにまで拡張すると、アマゾンやグーグルなどのプラットフォームは、商品の流通コストを引き下げているだけでなく、信頼の価値を形成している。  商品のプラットフォーム化がすすめば、どの会社のどの商品が信頼できるか、という情報の問題に、大きな進展がみられるでしょう。本書の表 3(322-323 頁 ) が参考になりました。  サプライチェーンの可視化(製造過程・流通過程)によって、同一の商品性を保障(虚偽の混合可能性の排除)することができるようになります。また、未知の取引相手(買い手)についての情報も開示されるなら、取引の信頼性は増すでしょう。例えばシェアエコノミーでは、不特定多数の参加者を排除して、商品をシェアする人たちに対する信頼を高めることができます。  このような仕方で信頼度が高まると、商品の価値も高くなる、というわけですね。これは別の観点から見れば、流通過程は商品の価値を高めたのではなく、商品の信頼度を高めただけだ、と言われるかもしれません。けれども商品が高く売れるということは、そこに価値創造があったからであり、それは商品の価値として解釈できる、ということでしょう。

■政治家に必要なのは思想、戦略、未来

イメージ
エマニュエル・マクロン『革命 仏大統領マクロンの思想と政策』ポプラ社    吉田徹さんが「いい本」だと言っていたので、読んでみました。  大きく分けて、二つ学びました。一つは、フランスはいま、衰退している。社会が分裂しつつある。そのような状況で、大統領に課されたミッションは何か、という問題意識です。これは日本でも、おそらく 10 年後には、同じような言説が必要になっているのではないかと想像します。 またマクロンの政策思想は、「新しいリベラル」に近いです。未来に投資するという考え方を前面に出しています。「私はイノベーションと投資に重きを置いた。野心的な産業振興政策をつくりだそうとした」と (43) 。平等主義ではない、公的支出を増やすのでもない、イノベーションを導くのだと。(ただし少子化対策については、それほど論じていません。) 「まず、国家の役割を劇的に変えることから始めなければならない。国家は、真の「社会への投資家」となり、個人個人が何者かではなく、どのような人になることができ、集団に何をもたらすことができるかによって判断しなければならない。したがって、社会保障を充実させるだけで満足してはならない。それは国家が最低限やるべきことにすぎない。」 (187)  マクロンによれば、大統領に課された課題は、再分配のために経済に占める政府部門の割合を大きくすることではなく、経済を発展させることです。この文脈でマクロンは、 1970 年代に労働者の自主管理経営で話題になった、リップ社に触れています。 リップ社は、ブザンソン市の時計会社です。ブザンソン市はそれまで、時計産業に投資してきました。しかし時代は、クォーツの技術によって、デジタル化へと転換していきます。従来の時計産業は、やがて淘汰されるという局面を迎えました。しかしその後、ブザンソン市では、公立研究所と民間企業が中心となって、各種の精密技術に投資します。現在、同市はマイクロテクノロジーの中心地として生まれ変わったというのです。斜陽産業の町から、いかにして新たな産業を興していくのか。ブザンソン市の経済発展戦略を、私たちは学ぶ価値がある、というのですね。 (217-218)  そしてもう一つ、この本の特徴は、第一部が「思想」、第二部が「戦略」、第三部が「未来」となっていることです...

■小川淳也代表のビジョン

イメージ
小川淳也『日本改革原案  2050 年成熟国家への道』光文社   私は最近、小川淳也さんの『日本改革原案  2050 年成熟国家への道』を読んでみました。 2014 年に刊行された本ですが、今読んでも古く感じません。長期的な視点があり、日本の進むべき道を、ある程度まで示していると思います。この「ある程度まで」という留保を付けますが、私の批判は別の機会に譲り、以下、この本についてメモします。 本書の内容は、中道改革連合が 2026 年 7 月 14 日に示した「競争力ある福祉国家」の構想(中間とりまとめ)とは、やや異なるでしょう。出版からすでに 12 年経っていますし、また 2023 年には、この本のアップデート版も刊行されています。ただし現在は絶版状態(復刊を望みます)。 以下、 2014 年版を参照します。その前に、 2026 年 7 月 14 日に示された「競争力ある福祉国家」の構想(中間とりまとめ)は、以下のサイトで示されています。   https://craj.jp/news/20260714_0477?preview=bb8fb70099c45ca02fb18ed8f7936cb2448a4852.vO9P8lb-0eTrGTGJ2gv8bx12E4r8zFJl9PaMYocdhQk    この 7 月 14 日の中間とりまとめでは、「競争力ある福祉国家」という言葉が、政策の中心理念となっています。「人への投資によって、一人ひとりの自由と可能性を広げ、その積み重ねと循環を通じ、社会の安心と経済の競争力を高める国家」というビジョンです。これは、私が「新しいリベラル」と呼ぶ考えにも結びつきます。  この「競争力ある福祉国家」の内容は、 2014 年に刊行された小川さんの『日本改革原案』で、すでに練られています。この本は、有志たちの勉強会を通じて練った案ということですが、随所に興味深い政策提案があります。例えば・・・   ・高齢者を 70 歳以上と定義すれば、 2050 年の高齢化率は 32% にとどまる。 65 歳以上とすると、 2050 年に、 40% が高齢者になる。 (88) ・生涯現役社会を実現して、基礎年金額は、収入に応じて減じる仕組みを考える。 (91) ・現在の相続の...

■本を読んだらご褒美

イメージ
大竹文雄『経済学的思考を組み立てる』中央公論新社    大竹文雄さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。  最近の経済書を広範に紹介しています。  教育の投資効果についての J.J. ヘックマンの分析が興味深いです。用いたデータは、 1960 年代のプロジェクトです。経済的に恵まれない 3 歳から 4 歳のアフリカ系アメリカ人で、平日の午前中に教育をした子どもと、しなかった子どもについて、その後、 40 歳になるまで追跡したのだと。追跡してみると、 10 歳のときには、まだ IQ の差は現れていません。しかしその後、 40 歳になるまでに、高卒率、持ち家率、平均所得、生活保護受給率、逮捕者数、について調べてみると、 15-17% の差が生まれた。つまり、 3-4 歳で、平日の午前中に勉強すると、その社会的投資効果があった、ということですね。  別の大規模な実験が紹介されています。米国で、 9.4 億円を使って、 3 万 6000 人を対象に、「テストで良い点を取ったらご褒美をあげます」と「本を一冊読んだらご褒美をあげます」という二つの動機づけで、どちらが子どもの学力を向上させるのかについて調べました。すると「本を読んだらご褒美」、という動機づけの方が、学力が伸びたのですね。  もう一つ。日本で、大学生の授業料を無料にするためには、 2.5 兆円の予算が必要なのですね。これは、消費税を 1% 増やせば実現できます。しかし多くの日本人は、大学生の教育に投資するよりも、消費税を 1% 増やしたくない、と判断するでしょう。でもおそらくですが、大学の授業料を無料化すれば、少子化をある程度まで防ぐことができます。その効果を含めて検討したいものです。