■脱成長の多様な意味について
桑田学『環境と社会思想』放送大学 桑田学さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。 本書は、放送大学の「大学院」のテキストです。新しい思想史の分野を切り拓いたと思います。内容の仕込みに、大きなエネルギーを感じました。 環境の観点から社会思想を振り返ると、デカルトやベーコンやロックなどの思想家の思想も、新たな視点で読み直すことができます。フレッシュでした。 そして、最後の章で「脱成長」論について検討しています。脱成長とは、「反成長」ではなく、何らかの well-being の成長を想定していると思いますが、その解釈は一義的ではないのでしょう。脱成長は、「経済成長ではいけない」という批判を共有しているけれども、積極的に何が望ましいのかについては多様なのだと思いました。 ただ、 GDP が増えるか減るかは、「脱成長」の観点から、あまり意味がないというのですね。脱成長派は、「 GDP を減らせ」と言っているわけではないのですね。 経済成長は、人間生活の生態的な基盤を破壊するから望ましくない。だから生態系を維持する生活と経済圏を築いていくべきだと。 この考え方は、「脱成長」と言わなくても、エコロジー派であれば、受け入れられるでしょう。 経済成長は、私たちの生活を誤って測定するものである。この批判も、ウェルビイング論全般の主張と同じです。 経済成長は、疎外を作り出す。これはマルクス主義とヒューマニズムの論点であり、脱成長と言わなくても、これまで議論されてきました。 経済成長は、資本主義的な搾取と蓄積に依存する。これも、マルクス経済学が問題にしてきたことで、この観点からいえば、脱成長とは、社会主義の経済を作ることであり、そのためには搾取と蓄積を克服しなければなりませんが、それをどうやって実現するのかが問題です。 経済成長は、ジェンダー化された搾取に基づいている。この批判は、フェミニズムによる批判です。 経済成長は、非民主的な生産力や技術を作り出す。この批判は、これまで、産業民主主義の観点から提起されてきました。 経済成長は、資本主義の中核と周辺のあいだに、支配、採取、搾取の関係を生み出している。この批判は、これまで南北問題として語られてきました。 こうしてみてくると、「...