■J.S.ミルの女性論はしだいに保守化した
柳田芳伸/原信子編『経済学者たちの女性論 ジェンダーの視点で経済思想を問う』昭和堂 小沢佳史さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。 ご高論「 J.S. ミルの『経済学原理』における女性――男女の平等から労働者の境遇改善へ」を拝読しました。 ミルは、女性の社会的地位について、少しずつ論じ方を変えたのですね。『経済学原理』の初版から第七版にかけて、どのように変化したのか、テキストクリティークによって明らかにしています。すると重要なことが分かったと。 ミルは、労働市場で競争する自由を、女性から除外することは望ましくない、というのですね。具体的に問題になるのは、結婚した女性が働いて、夫に頼らずとも生きていける。そのような利点( = 自由)を認めるかどうかです。 163 頁。 ミルは、これを認めます。しかし『経済学原理』の第五版と第六版で、次のように加筆するのですね。「一家の母親が、生きていくために少なくとも自宅以外の場所で働かなければならないということは、労働者階級の恒常的な要素として望ましいものと見なされえない」のだと。 このミルの言葉は、新保守主義的な解釈が成り立つ部分ですね。ミルは、女性の経済的自立を推奨していたのですが、しだいに経済的な自立の利点について、断定するのではなく推量するにとどめるようになったのだと。 ミルはしだいに、専業主婦を認めるという、保守的な立場に変っていったようです。これは G. ヒンメルファーブのミル解釈と親和的です。自由主義が、進歩主義的なものからしだいに新保守主義的なものへと変化していく。そのような推移が、ミルのなかにも読み取れるというのは、重要な思想史理解だと思います。 問題は、このようなミルの変化を、どう思想史的に位置づけるかです。そもそも、ミルの自由の哲学も、新保守主義を許容する論理構造になっていたのかどうか。ミルの自由主義をどう評価するか。大きな問題だと思います。