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■国際法は、法なのか、それともたんなる道徳か

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    郭舜『国際法哲学の復権』弘文堂   郭舜さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。   国際法は、「法」といえるのか。法だとすれば、その性格はどのようなものか。こうした問題は、私たちが、国民国家体制を超えて、どのような世界秩序をどのように作っていくべきかという規範的な問題に関係していますね。  とくに第二章を読んで、この問題がいかに哲学的に重要であるかということを理解しました。  例えばオースティンのように、法を命令として理解する立場からすれば、国際法というのは、命令する主体があいまいなので、法ではなく、たんなる道徳だということになる。  これに対してハートは、法 = 命令説を批判します。  ではハートは、国際法をどのように理解したのか。ハートは、しかし、国際法が法であることを否定したのですね。法とは何かをめぐって、ハートはある集団を前提として、その集団内でコンヴェンショナルなルールが成立していること前提としています。これに対して国際法は、そのような集団を想定できないので、法律としては成立しない。けれども、ハートの理論によって、国際法を「法」として理解することも可能だというのですね。  興味深いのは、ケルゼンの議論です。国際法には、武力などによる制裁を規定する規範が、限られた範囲でしか存在しない。しかしだからと言って、国際法は法ではない、という言い方をしてしまうと、法による秩序を世界に拡大しようというときに、何もヒントを得られないでしょう。  つまり「法とは何か」という問題は、「法はどうあるべきか」という問いと切り離せない。法の存在論的性格は、法をどう正当化するか、という規範的な問題にかかわってくるわけですね。こうした一連の問題のなかで、これまでの法哲学の貢献を再評価するというのは重要な研究であると思いました。

■義務教育に1年間のバッファーを デンマークに学ぶ

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    坂口緑 / 佐藤裕紀 / 原田亜紀子 / 原義彦 / 和気尚美『デンマーク式 生涯学習社会の仕組み』ミツイパブリッシング   坂口緑さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。    デンマークには、「 10 年生」という仕組みがあるのですね。小学校 6 年間、中学校 3 年間で、合計 9 年間。でも、そこにバッファーを設けて、 10 年間で卒業してもいいよ、ということになっている。次の段階に、急ぐ必要はないのですね。 実際、 2021 年には、コロナの影響もあるかもしれませんが、 9 年生の 51% が、 10 年生になることを希望しました。  これはいいシステムですね。とくに、 9 年生から 10 年生にかけて、寄宿制の学校に変更して通う人たちがいる。海外の高校に 1 年間行くこともできますね。これは語学をマスターするためにもいいシステムです。  また、デンマークの大学には、「学生手当」という制度があるのですね。ベーシックインカムのような制度です。これもいい制度です。日本でも、大学生になるかどうかとは別に、 18 歳から 22 歳の若者に、普遍的にベーシックインカムを支給するというのも、一つの案ではないかと思いました。  デンマークの学生手当は、「社会的投資」の観点から正当化されているようですが、日本でも導入すべきではないでしょうか。見習いたいものです。  それにしても、デンマークでは大学入試がないのですね。人口が 500 万人程度、という小国であるから、学校での成績で大学に進学する際の順位を決めることができるのかもしれないですけれども、それで不満はないのでしょうか。学校でいい成績を採らないと、挽回できないのでしょうか。  大学入試がなければ、その準備のための塾も必要ないですね。日本では塾が教育の重要な機能を担っているので、若者に対する社会的投資の観点からいえば、まず「塾代バウチャー」が必要になると思います。

■自殺願望が生きる願望に反転する

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    代真理子『 9 月 1 日の君へ 明日を迎えるためのメッセージ』教育評論社   代真理子さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。    初の著作の刊行、おめでとうございます !  一読して、これはすばらしい本だなと思いました。他の本と熱量が違うと思います。   9 月 1 日は、新学期の初日である地域が多く、その日に自殺する生徒が、年間で最も多くなる日でもあるのですね。でも、自殺してはいけない。自殺したいと思う悩みに、どうやって寄り添うのか。これが本書のテーマです。代さんと、それから、本書に寄稿されたり対談されたりした大人たちが、真剣に応えています。どれも珠玉の文章です。  本書の寄稿者と対談者たちは、自殺についての専門家ではありません。でも一度は自殺したいと思って、人生の困難な時期を経験したのだと思います。みなさん、どうして自殺しなかったのか。いろいろな道のりがあるのでしょうけれども、いずれにせよ、いま活躍している多くの魅力的な大人たちは、一度、心の中で自殺しているのではないか、と改めて思いました。  自分はすでに死んでいる、すでに終わっている。そういう深刻な経験をして、そこからエネルギッシュな活動に向かう人たちがいます。とても魅力的な人たちです。ではそうした魅力的な人たちは、どうやって「自殺したい」というネガティブなエネルギーを、ポジティブなものに転換していったのでしょう。そのような経験を、本書はさまざまなに伝えています。  そして何よりも、代真理子さんが、死にたいという思いを、小学 3-4 年生のときに、すでに持っていらしたのですね。本書の「はじめに」を読んで、びっくりしました。 また本書の「最後に」で、代真理子さんのこれまでの人生の経験が語られています。小学生のときに、中学受験をして、中高一貫校に入学したのですね。しかし、中学二年生のときに自主退学して、公立の中学校に通うことにしたのですね。それから、高校受験、大学受験・・・そして、その後のエピソードは、衝撃的なことがたくさん。とてもつらい経験を何度もされて、それでいまの代真理子さんの活動があるのですね。  代真理子さんの「未来に残したい授業」は、 YouTube で、広告収入をまったく入れずに、無料で公開している授業番組です。 https://www

■公共サービスに民間の知恵を取り入れる

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  ベン・グリーン『スマート・イナフ・シティ』中村健太郎 / 酒井康史訳、人文書院 人文書院さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。   2016 年に、ニューヨーク市は数千台の公衆電話をデジタル・キオスクに置き換えました。公衆無料 wi-fi 、無料国内通話機能、 USB 充電ポート、インタラクティブな電子地図などを備えています。 しかしこのサービスを提供しているのは、アルファベット社の子会社であるサイドウォーク・ラボ。サービスを利用するすべての人のデータを収集し、ターゲティング広告を作成することで利益を上げようとしています。このサービスを利用するためには、民間企業に位置情報その他の個人情報を売らなければなりません (15) 。これは公共性の観点からみて、許されるのでしょうか。例えばもし、他の会社も類似のサービスを提供することで、サービスの競争環境を構築することができるなら、認めてもよいのかもしれません。しかしそのような制度作りは、かなり大変でしょう。   2013 年、米国ウィスコンシン州ラクロス市で、銃撃事件に巻き込まれた車を運転していたとされる人物、エリック・ルーミスが、有罪判決を受けました。そのとき、州は、 Northpointe 社の COMPASS アルゴリズムを使って、この裁判の過程に情報提供をしました。裁判官は禁固 6 年の判決を言い渡すのですが、その際、次のように述べました。「リスク評価ツールは、あなたが再販を侵すリスクが極めて高いと判断しています」と。しかしこのリスク評価システムのアルゴリズムは企業秘密であるため、これを評価することは許されません。エリックは異議申し立てを行いましたが、認められませんでした (115) 。  これはまさにカフカの世界ですね。このようなアルゴリズムを用いてよいのかどうか。大きな問題です。公開できるアルゴリズムであれば、批判的に検討する余地が生まれるでしょうけれども。   19 世紀の終わりから 20 世紀にかけて、ドイツでは林業の生産性を高めるために、森林を合理的に管理するというプロジェクトがありました。官僚たちは、木材の生産量を最大化すべく、さまざまな科学的方法を駆使しました。新たな木を列状に整然と植えるとか、樹木をより大きく早く成長させる、といった方法です。最初は生産性が増大するの