投稿

1月, 2025の投稿を表示しています

■日本の福祉政策の基礎を築いた思想とは

イメージ
  西沢保『福田徳三とその時代』信山社 西沢保さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。   大正後半から昭和の初頭にかけての時代は、しばしば「一橋(大学)の黄金時代」と言われるのですね。その中心にいたのが、リベラリストである福田徳三や上田貞次郎でした。 上田定次郎は、『新自由主義』という分厚い本を書いています。福田も上田も、当時のマルクス主義に反対して、新自由主義の立場に立ち、経済政策を論じました。もっとも当時の「新自由主義」の意味は、今日の意味とはやや異なります。何が異なるのかについては、検討に値するでしょう。  福田徳三は、 1930 (昭和 5) 年に、 55 歳の生涯を閉じました。それまでに、単行本 37 冊、全集 l 部を著し、定期刊行物や論集や辞書等に掲載された論稿は、約 300 篇でした。これは偉業です。 では福田は、私たちに何を残したのでしょうか。  学説史的にみると、福田は、ラスキン、ホブソン、アントン・メンガーの三人に影響を受けている。では福田は、この三人とは異なるオリジナルな経済思想を構築したのかどうか。  本書を読むかぎりでは、福田は、ラスキンやホブソンに影響を受けたけれども、そこから新しい思想を展開したわけではないようではないですね。  他方で福田は、アントン・メンガーの影響を受けていますが、アントン・メンガーを越えて、労働契約を「労働協約」に格上げすることを主張する。私法レベルでの労働契約ではなく、社会政策レベルでの労働協約にすべきであるというのですね。具体的に、治安警察法第 17 条の廃止、労働団結権、同盟罷工権、労働組合法案、 ILO ・国際労働保護法制の実施(失業問題を含む)などを提唱します。  こうした社会政策について福田が論じるとき、福田は、メンガーの次の世代のドイツの法学者、ジンツハイマー (Hugo Sinzheimer) の『労働協約論』 (1907-1908) を参照しているのですね。福田の言っていることは、やはりドイツの最先端の学問を下敷きにしているようですね。ここら辺は、さらに検討に値すると思いました。  福田は、学者としては「超」がつく秀才であるけれども、思想家としては、二流にみえます。しかし驚くべきは、福田は先見の明があって、日本で自由主義的...

■倫理経済の観点から経済思想史を振り返る

イメージ
    ジェイコブ・ソール『〈自由市場〉の世界史 キケロからフリードマンまで』北村京子訳、作品社    作品社編集部さま、ご恵存賜りありがとうございました。  以下、「シノドス・ライブラリー」 https://synodos.jp/library/29498/ に寄せた書評を、こちらのブログにも掲載します。    自由市場を擁護する議論は、アダム・スミスよりもはるか以前の古代ローマ時代にもあった。例えば前 1 世紀を生きたキケロは、自由市場を擁護して農地への課税に反対した。政府が介入して統治するよりも、貴族が農民に節度と美徳をもって対応することが重要と考えた。キケロのこの立場は、現代の文脈では、美徳によって市場経済を統治する「新保守主義」と言えるだろう。 本書は、キケロからフリードマンまでの思想史を、コンパクトにまとめた良書である。とくに興味深いのは、 17-18 世紀のフランスを生きたボアギュベールの思想だ。彼は農業こそ、自由な市場社会における富の源泉と考えた。農民への減税と、富裕層への増税を訴えた。貧しい人たちの税負担を減らして市場を活性化し、生産的ではないが豊かに暮らしている人には重い税を課して、その富を再分配する。そのような美徳のある政策こそ、自由な市場経済を活性化するとした。 私たちは、「市場経済は不安定だから政府介入が必要になる」と考える必要はない。むしろ「市場経済を活性化するためには、倫理が必要」と発想してはどうだろうか。市場経済の歴史を独自の観点で読み解いた本書は、経済思想の入門書としてもおススメだ。    このように、「倫理経済」「新保守主義」の観点から経済思想史を振り返るというのは、現代の経済思想研究の一つの潮流ですね。