■ネオリベラリズムは最大の経済思想

 


下村晃平『ネオリベラリズム概念の系譜 1834-2022』新曜社

 

 下村晃平さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 とてもすぐれた歴史研究、知識社会学の研究だと思います。熱量が違います。ネオリベラリズムという概念が、どのように語られてきたのか、その複雑な歴史と、キーパーソンたちの駆け引きが語られています。

 おそらく「ネオリベラリズム」は、20世紀前半から21世紀前半にかけての、最大の経済思想といえるでしょう。そのように言えるのは、21世紀になってから、とりわけ2010年から2020年にかけて、この概念をめぐる研究が爆発的に増えたからであります。現時点で振り返ると、ネオリベラリズムこそが、私たちの時代の100年間を規定しているようにも見えます。

これは不思議です。思想としてみた場合、ネオリベラリズムの担い手は、ハイエクとフリードマンに代表されます。しかし二人が生きた時代の全盛期は、1980年代まででしょう。その後、ハイエクやフリードマンを超える、ネオリベラリズムの経済思想家は輩出されていません。

 本書から学んだことは、ハイエクやフリードマンは、自身の立場をネオリベラリズムと自称した時期もあるけれども、それはほんのわずかな時期であった、しかもこの言葉は、二人の思想の中心的な部分を表していないのですね。これに対して1980年代に、米国で「ネオリベラリズム」を自ら自称した人は、民主党のなかの亜流の人たちだったのですね。「自称」を尊重して考えると、ネオリベラリズムとは、ハイエクやフリードマンの思想ではない、ということになります。

 歴史を振り返ると、20世紀前半の段階で、ネオリベラリズムはケインズ主義を含んでいました。また、ドイツのオルドー学派(オイケンなど)を「ドイツ版ネオリベラリズム」と呼ぶとすれば、「社会的市場経済」という概念は、ネオリベラリズムから出てきたのですね。ネオリベラリズムの概念には幅がある。このことに注意が必要です。

 おそらく、「古典的自由主義」の概念も、幅があると思います。この概念は1930年代ごろから用いられるようになったようですが、古典的自由主義の概念には、最初から介入主義の意味が含まれていたと思います。これとの対比で、自由放任主義が批判されました。

 イデオロギーというのは、私たちの生きる指針や世界観に結びついています。ですので、ネオリベラリズムとはなにかという問題は重要です。本書を読んで考えたことは、自称でネオリベラリズムという言葉を用いる人と、他称でこれを用いる人がいるわけですが、いずれにせよ、自分のイデオロギー的立場を、自身で独創的に構築したのか、それとも思想の中古市場からいろいろ借りてきて、それを纏ったにすぎないのか。この点が重要だと思いました。どうも20世紀中庸のフランス人は、自分たちを自称ネオリベラルと呼ぶのだけれども、借り物の衣装を身に着けているような印象を持ちました。ただしフランスで、労働協約のような慣行・法律を、ネオリベラリズムの概念に含めた人がいるというのは、興味深いです。

「ネオリベラリズム」を批判する人はたくさんいます。ではその人たちは、ネオリベラリズムに対して、どんな思想を拮抗させたのでしょうか。それは結局、ネオリベラリズムの一つのタイプになるのかもしれないという怖さがあります。というのも、ネオリベラリズムの概念にはかなりの幅があるからです。

 およそ思想というのは、たんに批判したり自称したりするだけではダメで、絶えず刷新していかないと、衰退してしまう。本書によるネオリベラリズム概念の歴史研究は、思想というものの魅力と魔力、そしてその脆弱さと危険性を、ドラマチックに教えてくれます。

 しかしそれにしても、20世紀の終わりの段階で、20世紀を振り返った時に、最大の経済思想は、ケインズ主義かマルクス主義とみなされたことでしょう。ところが今の時点で振り返ると、それが新自由主義にみえる、というのはやはり不思議です。


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