■所得が減少すれば、欲求も減退するのか

 



 

J.A.シュンペーター『経済発展の理論』(初版)八木紀一郎/荒木詳二訳、日本経済出版社

 

八木紀一郎さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 

 シュンペーターの『経済発展の理論』は、現在、岩波文庫で読むことができる翻訳を含めて、改訂版の翻訳であり、これまで初版は訳されていませんでした。初版には、その後削除された「第七章」(最後の章)が収められています。学史研究としては、ここが読みどころというわけですね。

 この初版の第七章は、「国民経済の全体像」というタイトルがつけられ、本書全体のまとめとして位置づけられています。内容は、研究アプローチの方法論的自覚にかかわるものであり、若きシュンペーターの、きわめてシャープな考察が多様な方向に展開されています。ただ、全体としてまとまりがあるわけではありません。シュンペーターとしては、自分が本書で展開した考察が、たんに大胆であるだけでなく、じつに繊細で、シャープな方法論的自覚の下に述べられているのだよ、ということを示したかったのだと思います。この最後の第七章を読むと、シュンペーターの議論は容易に批判できないことが分かるでしょう。

 例えば、経済発展の要因として、「欲求の持続的発展」を挙げる人がいます(440)。古典派経済学は、この要因に特別な重きを置きませんでしたが、当時の心理学、社会心理学、社会学のアプローチでは、欲求の増大という想定がなされることがありました。資本主義経済の下では、欲求が増大するので、経済が発展する。そのような説明は、素朴ではありますが、私たちの直観に訴えるところがあります。

 しかしシュンペーターによれば、欲求の増大は、所得増大の「結果」であって、基礎的な動因とみなすことはできない、というのですね。欲求の充足が新たな欲求を作り出すわけではない、と(442)

新しい欲求は、所得の増大によって説明できる。これがシュンペーターの発想です。もしそうだとすれば、所得の減少は、反対に、私たちの欲求の減退を説明するでしょう。

 現在の日本社会においては、可処分所得がほぼ定常的な推移を示しています。そのような状況では、新しい欲求が生まれにくい、といえるかもしれません。例えば若者たちの所得は減少傾向にあります。それに応じて、若者たちの欲求が減退している、ということができるかもしれません。

 それでも所得の増大は、どんな方向に新しい欲求を増大させることになるのか、所得という要因は、そこまでは説明できないでしょう。欲求の方向性は、技術的な可能性に依存していますが、その可能性は一つの方向性をもつわけではなく、その意味で欲求の新しさは無定形であります。また、新しい欲求が生み出されたとして、それが本当に資本主義の経済発展に結びつくような仕方で増大するのかどうかは、未知数でしょう。

 

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