■北海道の戦後の馬取引は、ひどかった


 

松浦努『馬喰の流通経済学的研究 北海道蘭越町・八雲町・七飯町の事例を中心として』北海学園大学出版会

 

松浦努さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 

 本書は、敗戦後の北海道における「馬の市場取引」に関する、聞き取り調査に基づく研究です。馬の取引は、1960年前後をピークに流通したのですね。しかしいまはほとんど流通していない。戦後の馬取引の実態が、多くのインタビューから鮮やかに解明されています。経済史のすぐれた研究です。

 研究の手法が徹底的であることにも感銘を受けましたが、何よりも、対象としている市場取引がとても興味深い。これは馬の売り買いの話なのですが、あまりにもひどい取引ですね。

馬を農家に売る、あるいは農家から買う商人を、「馬喰(ばくろう)」といいます。馬喰は、とてもひどい。たんに安く買って高く売るというだけでなく、これはもう、ほとんど農家の人たちをだまして儲けているわけです。市場経済がいかに非倫理的で、共同体の外部に存在していて、信用のならないものなのか、ということがよく分かります。

これはそれほど昔の話ではありません。戦後の話であり、現在の70代、80代の人たちが、実際に経験した取引であります。

 経済学的には、この馬取引の市場は、農家と商人(馬喰)のあいだに、圧倒的な情報の非対称性があるという観点から説明されるでしょう。農家の人たちは、馬を見ても、それが病気なのかどうか、分からないで取引せざるを得ない。また農家の人たちは、馬を売るときに、馬がどれだけの市場価値をもつのか、分からないで売るしかない。とにかく情報が流通していない。非対称である。馬が病気で使えなくなるリスクを保障する仕組みもないわけです。

 いずれにせよ、1960年代になると、しだいに近代農法が広まって、馬の代わりに、トラクターで農業をすることになります。しだいに馬は不要になります。

しかしそれ以前の農家の人たちは、馬を使って農耕していた。そして馬喰にだまされて馬を売買していた。これは、当時の市場経済が成熟していないことを示していますが、と同時に、市場経済を克服する社会主義経済の理想が、当時においてなぜ魅力的にみえたかを説明するように思います。

 蘭越町の馬の飼養頭数の推移をみると、1899年に46頭、1955年に1,863頭でピーク、そして2018年には1頭にまで減ったのですね。

 蘭越町でのインタビューで、馬喰から悪質な馬を買わされた人は、14人中6人。他方で、「そのようなことはなかった」と答えた人は、わずか1人なのですね。ほとんどの人が、多かれ少なかれ、望んでいない馬を買わされたのではないでしょうか。また、馬喰に馬を売るときに、「安く買いたたかれた」という人がほとんどだったのですね(94-95)

 しかし馬喰という職業は、信用が置けないから、二代、三代と続くことはない。そこには賭博のような要素があったようですね。


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