■MMTはどこまで財政赤字を正当化するのか

 




 

ジェラルド・エプシュタイン『MMTは何が間違いなのか?』徳永潤二/内藤敦之/小倉将志郎訳、東洋経済新報社

 

内藤敦之さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

また昨年は、徳永潤二先生に、本書をめぐってシノドス・トークラウンジにご登壇いただきました。ありがとうございました。

 

 202112月の段階で、日本の国債発行残高は1,000兆円を超えました。日本政府の債務残高は対GDP比で256.2%。政府は現在も財政赤字を拡大し続けていますが、いったいどの程度まで赤字を拡大することができるのでしょう。

 その限度は存在しないと考えるのが、現代貨幣理論(MMT)ですね。しかしやはり、限界があるのではないか、というのがエプシュタインの議論で、しかしエプシュタインの指摘する限界も結構ゆるいものですね。エプシュタインもMMTの立場を実質的には認めている。

 財政赤字に制約を課す一つの基準は、「完全雇用の達成」です。政府は不況時に、完全雇用を達成するための財政政策を行うことができる。しかし好況時には財政出動をやめて、基本的には市場経済の論理に任せるべきである。これがケインズ派の基本的な発想です。

 現在、米国の完全失業率は4%という、歴史的にみてとても低い水準に到達しています。これは実質的に最低と言ってよいでしょう。コロナ感染の拡大時には失業率が高くなりましたが、この2-3年で急激に失業率が下がっています。歴史的な視点でみると、完全失業率4%という状況は、完全雇用が達成された状態とみてよい。そしてこのように解釈するなら、政府はもうこれ以上、財政赤字を出してまで財政政策を実行する理由はないのです。MMTの政策は、正当化されないことになります。

 しかし「完全雇用」という基準を、GDPギャップの解消だとか、あるいは非正規雇用の正規雇用化、低賃金の是正、まだ活用されていない労働力の十全な活用、といった意味にまで拡大解釈するなら、話は別です。政府は完全失業率4%という水準を超えて、財政政策を続けることができるでしょう。

 さらに、基軸通貨ドルの特権的な地位を掘り崩してもかまわない(国際通貨ドルのシェアを低下させてもかまわない)という立場からすれば、米政府はさらに国債を発行して、さまざまな福祉政策を実行できる、ということになるでしょう。政府が将来社会の建設のために、健全な投資をする。例えば、地球温暖化対策に向けて必要な技術開発に投資し、教育に投資する。そのような投資は、たとえ完全雇用が達成されている状況でも、MMTの立場から正当化できてしまう。

 こうなると、政府の財政赤字を規律するための基準は、かぎりなく緩くなりますね。私たちは政府を通じて、何に投資すべきなのか。そのビジョンが国際的な水準で承認される、つまり通貨価値の承認を受けるということが求められている。どうもそのような時代になってきました。


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