■トランプが生み出した思想家たち


 

井上弘貴『アメリカの新右翼 トランプを生み出した思想家たち』新潮社

井上弘貴さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 トランプ政権は、なぜとんでもないのか。関税の引き上げ、炭素の排出による地球温暖化の否定、移民の排斥、エリート大学に対する批判、等々。こうした動きの背後には、どんなイデオロギーがあるのか。そして米国のどんな苦悩やジレンマがあるのか。本書は、深く掘り下げています。

 本書の「あとがき」に書かれていますが、本書の副題「トランプを生み出した思想家たち」というのは、実は言いたいことと違うのですね。トランプ大統領の背後に、すぐれた思想家がいたわけではない。むしろトランプのおかげで、小さな思想家たちにスポットライトが当たった。だから「トランプが生み出した思想家たち」という副題の方が、本書の内容を適切に表している、というのですね。

 デリック・ベルは、1971年に、ハーバード・ロースクールで終身在職権を得た最初のアフリカ系教授です。彼は1980年に、雑誌『ハーバード・ローレヴュー』に、「ブラウン対教育委員会事件と利益集約のジレンマ」という論考を寄せました。米国の公立学校では、人種隔離政策は、1954年以降、違憲とされてきました。しかし1980年になっても、実際には黒人の子どもたちは劣位に置かれています(50)

 これをどうすれば改善できるのか。司法には限界がある。司法によって「違憲」と判決するだけでなく、何らかの「立法」を通じて、黒人の劣位を克服するための政策を導入する必要がある。ではどんな政策が必要なのか。

 ベルの提案は、「黒人のみからなるモデル学校を新設しよう」、あるいは「既存の学校をそのようなモデル校にしよう」、というものだったのですね。これは学校選択の自由を徹底して、人種間の混淆を進めようとするM・フリードマンの考えとは異なります。保守主義的な発想で、黒人の地位を上昇させようというのですね。

 もう一つ、黒人が米国ナショナリズムにコミットする場合の黒人の歴史観に、興味を抱きました。黒人は米国で、奴隷の身分から、市民の身分を手に入れます。その歴史的承認の物語を大切にする。そのような歴史認識が、米国に対する黒人の忠誠心を養うのですね。このような観点から歴史を振り返ると、黒人にとって重要な歴史は、まず、米国に初めて奴隷が連れてこられた1669年であり、建国の年(1776年)ではない、ということになります。そして黒人が市民権を勝ち取ったのは、1964年(公民権法の制定)でしたので、1669年と1964年が大切、という歴史認識になりますね。このような歴史観を、肯定的に捉えるかどうか。むしろ建国の理念こそ大切なのではないか。ここに歴史解釈の争いがあるのですね。


このブログの人気の投稿

■「天」と「神」の違いについて

■リベラルな社会運動とは

■ネオリベラリズムは最大の経済思想