■人生は贈与のリレー


濱田治寿『北のザネリ』

 

濱田治寿さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 

 本書は濱田さんの人生と思考を凝縮した一冊ですね。裏表紙に、「まだ語られていないことを語ろうとした記録。美しい「贈与」の物語から、完済不能な「負債」の物語へ。遺された者が、死者と共に生きるための連続論考集」とあります。

 私たちは、周囲の人々からいろいろとお世話になって、いろいろ受け取って生きています。ところが、その周囲の人々が、しだいにこの世を去っていくのです。すると自分は、「お返しできなかった」という負債感を抱きます。その人の死を、負債感とともに受けとめます。

 ある文学作品を読んで、その作品をとても気に入ったとしましょう。人生観まで変わったとしましょう。しかしその作家はすでに死んでしまったとしましょう。するとその作品は、作家からの贈り物です。支払った金額には見合わないほどの影響力を、自分の人生にもたらしました。

 私たちは、このような贈り物によって、自分の人生を築き、生きています。先代たちからの贈り物を受けとることは、とても豊かなことです。自分が働いた対価としてお金をもらうことよりも、圧倒的な贈与によって、自分の人生観が作られていくのですから。

 しかしそのような贈与は、同時に、負債感をもたらします。自分の人生は、他者からもらうばかりで、申し訳ない。ではどうすればいいのか。

 一つの答えは、それでも日常生活を淡々と生きる。他者からの贈与を、日々の生きる糧〔かて〕にする、ということです。

 もう一つの答えは、圧倒的な負債感をもって、苦しくても生きるということです。苦しんだ人と、「共苦=共受苦(=コンパッション)」の感覚を共有する。そのような倫理観を持つことです。

 第三の答えは、自分も他者に対して、贈与しながら生きることです。他者から受け取った贈り物は、圧倒的です。これに対して自分が他者に対して提供できる贈り物は、ごく限られたものです。しかしそれでも、贈与する。文学作品を読んで感動したら、自分も作品を書いてみる。自然環境に感動したら、その自然環境を維持するために活動する。いろいろな贈り物を受け取って、別の贈り物を作っていく。他者との等価交換ではありません。贈与のリレーであり、贈与を通じたネットワークです。

 このように考えてみると、どうでしょうか。自分の人生にとって、他者から受け取った贈与(影響)のなかで、何が最も重要で、価値あるものだったのか。この問題を慎重に検討する必要があると思いました。

 

濱田治寿さんの情報はこちら。

https://thelocality.net/myoukenji/

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