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9月, 2022の投稿を表示しています

■国富増大にむけての河上肇の論点

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    牧野邦昭「大戦ブームと『貧乏物語』」『大正史講義』ちくま新書、所収   牧野邦昭さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。    河上肇の『貧乏物語』 (1917) は、大正時代の重要書です。河上によれば、当時の日本の富者たちは奢侈品をますます求めるようになり、生産システムが奢侈品の生産に向けられて、必需品があまり生産されなくなった、というのですね。そしてこのことが貧困の原因になったのだと。 この河上の説明は、どこまで正しいのでしょう。争われると思いますが、河上の論点は、日本における貧困のほかに、日本がまだまだ後進国であり、国として貧しいという点にも向けられていました。 1911 年の段階で、日本の「富力」を 100 とすると、イタリア 269 、オーストリア 384 、ロシア 551 、ドイツ 683 、フランス 743 、イギリス 1008 、アメリカ 1397 、となる。この時点で、日本はまだまだ後進国ですね。日本がイギリスの GDP を一人当たり換算で超えるのは 1970 年代のこと。それから約 50 年後のことでした。 富裕層のための奢侈品を作るのではなく、中間層のための必需品を作る。そのような生産の構造が国を豊かにする、というのが河上の議論から導かれる知見であると思いました。  

■ロールズの軍隊経験

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    齋藤純一/田中将人 『ジョン・ロールズ』中公新書   齋藤純一さま、田中将人さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。    ロールズの若い頃と晩年の人生の紹介に、刺激を受けました。  ロールズは大学卒業後、陸軍に入隊して、太平洋戦線に投入されるのですね。 1943 年のことでした。日本軍との戦いのなかで、あるときロールズは、ヘルメットを脱いで小川で水を飲もうとすると、銃弾が頭をかすめたというのですね。それでロールズの頭皮には擦り傷が残ったと。これは生死を分かつ、強烈な体験であったと思います。  日本との戦争は 1945 年 8 月に終わりを迎えますが、しかし日本軍の一部(山本奉文〔ともゆき〕の部隊)は、ルソン島のジャングルで潜伏を続ける。ロールズはその山本を連行する特別な任務に、自発的に従事したのですね。  そして興味深いことに、日本のその部隊には、山本七平もいたと。しかも山本七平は、ロールズと同い年だったのですね。  その後、ロールズは、米国占領軍の一員として日本を訪れ、原爆を投下された広島を訪問しています。この体験も、後のロールズの思想に大きな影響を与えることになったでしょう。

■李沢厚は、中国の丸山眞男

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    王前「中国の現代哲学」『世界哲学史8』ちくま新書、所収   王前さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。    中国の最近の哲学に関する充実した紹介になっています。 現代の中国に重要な哲学があるとすれば、それはすでに日本でも翻訳されているのではないかと思いますが、意外に翻訳がありませんね。  しかし中国には、日本の丸山眞男のような存在がいます。丸山と同時期に活躍した李沢厚です。私はこの人の思想に関心をもちました。カントからヘーゲル、マルクスにいたる流れを研究して、しかし文革という困難な時期に、自らの思想をどのように表現するのかという問題を抱え、そこから格闘した。李は、人間の主体性を強調するときに、美学に訴えたのですね。すると 1980 年代の中国で、美学がブームになったというのですね。  李の著作『美の歴程』は、主著といえるでしょうか。同時期のマルクス主義のなかでは、マルクーゼの『エロス的文明』が、シラーの美学に依拠して、新しい創造的な資本主義を展望しました。李は、マルクス主義の枠のなかで、可能なかぎり自由に思考する。そのような形式を、美学に見出したというのですね。

■ウクライナを侵攻するロシアの世界観

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    岩下明裕編『北東アジアの地政治――米中ロのパワーゲームを超えて』北海道大学出版会   岩下明裕さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。    本書は 2021 年 11 月に刊行されましたが、その後、 2022 年 2 月にロシアのウクライナ侵略が始まりました。  世界が大きく変動しているこの時期に、本書の所収の加藤美保子先生の論文「ロシアからみた安全保障のアーキテクチャー」を興味深く拝読しました。  加藤さまはロシア外交の専門家であり、この数年のロシア外交の方針について的確に把握し、説明しています。それによると、まず、ロシアは最近、「世界大国」としての自負を回復しつつある、ということですね。  ロシアは、安全と経済成長を自前で確保する能力としての「主権」を有しており、そのような主権をもったいくつかの国が「多極的」に世界の秩序を構成している。この場合の多極的世界観とは、いくつかの大国が完全な主権国家として存立し、他の中小国はそれらの完全な主権国家に依存して存在するという、階層的な秩序観であります。  このロシアの世界秩序観に基づけば、ウクライナはロシアの属国という位置づけになるでしょう。ウクライナはしかし、そのような属国化を避けるために、 EU 加盟と NATO 加盟を模索していたのだと思いますが、中小国にとって問題は、どの大国によって国の安全保障を守ってもらうのかということですね。北朝鮮やベトナムのように、どこにも属さない国もありますが、そういう中小国のあり方に、学ぶべきことがあるかもしれませんけれども。  この間、ロシアが中国との関係を改善してきたこと、また、ロシアによるクリミア半島の制圧に対して、西側諸国の制裁は不十分であり、結果として失敗したこと、こうしたことがあり、今回のウクライナ侵略につながったのでしょう。  本論文では、「アジア・太平洋地域では、ロシアが旧ソ連空間でみられるような主権国家への武力介入を行うとは考えられない」と記していますが、その一方でロシアはウクライナを侵略しました。これは国連の安全保障理事会を中心とするロシアの「多極的世界観」の一つの帰結なのでしょう。

■人生の価値は、生まれた直後から逓減していく

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    川瀬貴之『ベルモント・レポートに学ぶ「いのち」の倫理』法律文化社    ベルモント・レポートとは、 1979 年に米国で、保険教育福祉省の長官官房が発表したレポートです。医学研究の被験者を保護するための、倫理原則を示しています。  レポートの内容は、現在の視点でみると、バランとの採れたものであり、とくにいま批判すべき点はないようですね。むしろこのレポートをベースにして、医療倫理を考えるということですが、一般に政府が発行するレポートは、さまざまな説のあいだのバランスをとった、ある意味で妥協的な内容になるので、それ自体としては知的な関心をあまりかき立てないでしょう。  とくに争われる論点が何なのか、それが分かるように書かれていれば、もっと検討する価値があるでしょう。 例えば、 30 歳の人と 50 歳の人がいて、どちらか一人を救うことができるとすれば、 30 歳の人を救うべきだというのは、直感的に正しいように思います。この種の究極的な問題については、意見が分かれるでしょうが、しかし私も川瀬さんと同じ見解で、 224 頁にあるように、生命の価値は、人生の時間をカウントすることで測るほうがよいと思います。功利主義や帰結主義などにも配慮してバランスを探る、ということですね。  それから人生の価値は、どの時点で逓減を始めるのか、という問題ですが、おっしゃるように、出生時あるいはその直前から逓減し始める、という考え方は説得的ですね。どうしてそうなのか。普遍化できる理由を見つけることは難しいですが、そのように直感します。これはさらに検討の余地がありますね。  

■J.S.ミルは「みにくい自由」を擁護

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    若松良樹『醜い自由――ミル『自由論』を読む』成文堂   若松良樹さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。    この本の最初に、 2021 年の内閣府の意識調査が紹介されています。それによると、「他人に迷惑をかけなければ、何をしようと個人の自由だ」という考えに対して、「はい」と答えた日本人は 42.2% しかいないのですが、これに対して韓国人は 77.3% 、アメリカ人は 81.7% 、フランス人し 81.1% 、スウェーデン人は 78.1% 、となるのですね。  日本人だけ、突出して自由に対する評価が低いですね。これはどういうことでしょうか。「迷惑をかけなければ何をしてもよい」という意味の自由は、日本ではあまり受け入れられていないのですね。  しかし J.S. ミルのリベラリズムは、このような自由を認めました。自由な活動は、他人に迷惑をかけないとしても、他人から「醜い」と思われる場合があります。そのような醜い自由を徹底的に認めるべきだ、というのがミルのリベラリズムであす。そしてまた、韓国人やアメリカ人なども、この自由意識を共有しています。 なぜこのような自由を認めるべきなのかと言えば、そのように認めたほうが、結果として個人は活力ある(エネルギッシュな)生活を送るようになり、そのエネルギーが社会全体をダイナミックに発展させるという、そうした因果関係を期待できるからですね。  反対に、他人に迷惑をかけていない行動に対して、社会が抑圧的になり、人々がその抑圧を内面化して生きるようになると、社会はダイナミックに発展しませんね。  これはつまり「醜いと思われることをする自由」が大切なのではなく、「人と違った、並外れたことをする自由」が重要だということですね。 並外れた活動に対して、中庸な道徳の観点からこれを批判するような日本社会は、発展しない、ということでしょう。個人の力を弱体化しないためには、一見すると道徳的にいかがわしくても、認めていくべきである。ミルの場合、それは帰結主義的にみて社会の発展の原動力になるから、というわけですね。  ある意味で「卓越」とは、価値があると思われていることを成し遂げることよりも、価値があるのかどうか分からないけれども、並外れたことをする行為であるでしょう。そして並外れたことが多様に

■那須耕介さんの新しい本

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      那須耕介『つたなさの方へ』ちいさいミシマ社/『那須耕介さん追悼論集』(非売品)    那須耕介さんが昨年 9 月 7 日に永眠されて、一年が経ちました。耕介さんは私と同い年で、私の分身の一人でもありました。 この度、耕介さんの新しい著作が刊行されました。京都新聞のコラムを集めたエッセイ集、『つたなさの方へ』です。ちいさいミシマ社より刊行されました。 とても魅力的な文章と内容です。ミシマ社によるデザインも洗練されています。装丁とレイアウトは、クラフト・エヴィング商會によるものですね。すばらしいです。表紙のデザインだけでなく、文字の字体や写真など、随所にこだわりのある本に仕上がっています。珠玉の作品集であり、耕介さんの人となりをよく表していると思います。 本書に収録されているコラムは、 2019 年 7 月から 2021 年 8 月まで、隔月で新聞に掲載されたものです。それからもう一つ、新聞では没になったエッセイも、本書に収録されています。これはテーマとして体罰を扱ったものであり、新聞に載せることが難しかったのでしょう。  これらのエッセイは、耕介さんが死の直前まで書いたものであり、耕介さんは、このエッセイを書くことで、人生を振り返ったというよりも、書くことそれ自体を通じて、よく生きることにつながったのだと思います。  エッセイの内容は、とくに人生の生死にかかわるものではないのですが、また人生全体を主題化しているわけでもないのですが、一つ一つの内容はとてもユニークで、練られていて、かみしめる価値があります。  この本のタイトル「つたなさの方へ」とは、収録されているエッセイの一つのタイトルでもあり、それは次のようなメッセージです。  エッセイというのは、自分の好きなことを自由に書けばいい。エッセイに限らず、私たちは、自分で好きなことをして生きればいい。自分で好きなことをするときに、私たちは自由であると感じます。「慣れ親しんだ環境で、使い勝手のいい道具を手に、楽々と思い通りにふるまうこと」は、自由の経験であります。 しかしそうした自由な振舞い方では、何かが足りない。私たちは、自分が慣れ親しんでいない環境に、出ていきたくなる。そして、自分ではうまく使えない道具を使って、つたなく振る舞うことに、かえって自由を感じること

■「ハック」するとは「裏道を行く」こと

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    橘玲『裏道を行け ディストピア世界を HACK する』講談社新書   橘玲さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。    ふつうに生きているだけだと、どうも生きづらい世の中になってしまった。では、どうすれば私たちは解放されるのか。解放について考えるとき、ゲーマーが使う「ハック」という言葉、つまり、既存のゲームのルールを無視して、「裏道(近道)」を行くという考え方が、人生の攻略に必要だというのですね。  このハックの処方箋として、本書は、最後にミニマリズムを奨励しています。そこで拙著『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』を少し取り上げていただきました。ありがとうございました。  ミニマリズム、デジタル・ミニマリズム( SNS などを使わない生活)、ボボズ(ブルジョア・ボヘミアン)、早期退職のための資産運用、ストア哲学、ヴァーチャル世界への移行、ナッジ、富から評判原理へ。こうした最近話題になるキーワードが、人生を変えるための手がかりになるというのですね。 現代の「オルタナティブ人生」で魅力的なものは、すべてこれらに関係しています。ハックするとは、こうした魅力的なオルタナティブを生きることなのですね。本書全体に、興味深い時事ネタがたくさん仕込まれていて、とても楽しく拝読しました。  

■ソーシャルアクションアカデミー 対面でディスカッション

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    ソーシャルアクションアカデミー 対面でディスカッション  9/10-9/11   ボランティア活動のハブとなっているサービスグラントでは、この 8 月から、   「超実践型アクションラーニングプログラム『ソーシャルアクションアカデミー』」   と題して、約半年間にわたる二つのプログラムを実施しています。( 2022 年 8 月 2 学科開講)この企画で、私は 9 月 10 日に講義とディスカッションをしてきました。    詳細は、以下のホームページです。   https://www.servicegrant.or.jp/news/8677/  二つの学科がありますが、私が参加したのは「ソーシャルリサーチ学科」です。詳しくは以下のホームページです。   https://www.servicegrant.or.jp/news/8695/    ソーシャルアクションアカデミーは、今回、新たに「ソーシャルリサーチ学科」を設立しました。 このプログラムの主旨は、「社会科学の研究者や非営利組織のリーダーによる理論・実践両面からの講義、社会課題の現場に向き合う実践者の講座やスタディツアー、インタビュー調査やアンケート調査を通じたデータの収集とその分析を通じた社会調査の実践等を通じて、まだ十分に実態が解明されていない社会課題の可視化・構造化に挑戦します」というものです。昨年度のソーシャルアクションタンクの取り組みを継承しています。 今回の私の講義内容は、拙著『自由原理』の第一章に基づくものでした。福祉国家の根本問題をめぐる思想史を、私なりに理論化した章です。難しい内容ではありますが、この日の講義では、一つ一つの根本問題について、参加者の皆様にマイクでコメントしてもらうという形式で、ピンポンのように進めました。するとみなさまの回答とコメントはとてもレベルが高く、難しい根本的な問題に対して、ご自身の意見を聡明にお答えいただきました。私も大いに刺激を受けて、楽しく講義することができました。みなさま、ありがとうございました。 その後の交流会で、さらに交流を深めました。参加者のみなさまは、 20 代から 50 代まで、さまざまな経歴の方々です。知的で、意識が高く、この企画の理念にコミットしていて、ボランティアに関