■経済学のどこが問題なのか



ロバート・スキデルスキー『経済学のどこが問題なのか』鍋島直樹訳、名古屋大学出版会

 

 鍋島直樹さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 

 本書は経済学のすぐれた入門書です。

スキデルスキーの博学的な魅力が、いかんなく発揮されています。しかも経済学を学ぶ学生に対する愛情に満ちています。

 この本の内容は、私がこれまで関心をもって研究してきた事柄と大きく重なります。第一章は「なぜ方法論なのか」。これは私の最初の研究テーマでもありました。

第五章の「モデルと法則」や、第13章の「完全な知識からの脱却」も、方法論のテーマですね。これらのテーマも、私が最初に関心を寄せたものでした。

 このほか、「経済心理学」、「社会学と経済学」、「制度経済学」、「なぜ経済思想史を研究するのか」「倫理学と経済学」などの章は、私のその後のテーマとなりました。これらの研究が、なぜ重要であるのかについて、本書は説得的に説明しています。内容も豊かであり、引用はどれも気が利いていて、奥行きがあります。それぞれの章は短いのですが、体系的で、一貫性があります。本書を、多くの学生に勧めたいです。

 大学院で専門的な経済学を学ぶと、それはそれで何かを得るわけですけれども、経済学には深刻な欠陥もあることに気づきます。例えば、経済学の一般的なテキストを学ぶと、独占や寡占の問題を軽視しがちになります。学生たちは、寡占や独占が、偶発的で一時的なものであると思ってしまいます。市場支配力というものが、限定的なものだと思わされてしまいます。専門的な経済学は、こうした誤った認識を再生産している、というわけですね。では、どうすればいいのか。スキデルスキーはおそらく、ケインズ主義を社会学や倫理学や経済思想と結合して、もっと豊かな経済学の教育をすべきである、と考えているのではないでしょうか。

 もう一つ、「なぜ経済思想史を研究するのか」という章は、重要だと思いました。ノーベル賞受賞者のラース・ピーター・ハンセンは、次のように主張しています(300)

 「[学術雑誌の]査読者へのこうした[自分の研究に対する評価をめぐる]依存は、はるかに保守的な戦略を導く。そのような依存は、個別分野の境界を超える革新的な論文に不利に働き、そのことが、保守的な戦略をますます魅力的なものにしていると私は思う。基本的に、そのことによって、質の高い追跡論文を書くことが、トップ5の雑誌での論文発表へのもっとも簡単な道となっている」と。

 そしてこれらの権威ある雑誌に論文を書くことが、著作を書くことよりも重視されるようになっている。しかし論文というのは紙幅の制約で、「他の条件が一定ならば」という条件を利用することが促されるわけですね。するとどうなるか。体系的な議論をする必要がなくなる、ということでしょう。革新的な議論をするのではなく、体系的に議論するのでもなく、保守的で、断片的な議論をするようになる。専門的な経済学では、そのような傾向が生まれます。

 言い換えれば、タコツボ的な研究になる、ということですね。こうした閉塞的な研究を避けて、広い視野を得るためには、経済思想史に学ぶ必要があります。それはつまり、体系的で斬新的な経済学を構築した人、あるいはそのようなビジョンを構築した人たちに学ぶ、ということです。

経済思想史は重要です。しかしその重要性が説得力を持って伝えられるためには、経済思想史を研究する人たちが、もっと精力的に、もっと斬新なアイディアをもって、体系的な本を書かないとだめですね。そしてそのような研究を奨励していく仕組みがないとだめですね。

 いま大学で、「歴史・思想分野」が縮小傾向にあります。成果が出にくい、ということがあるかと思います。しかし経済学は、モラル・サイエンスの一分野として、私たちの社会に寄与する方向にすすんでいくべきであり、本書はその理由を、説得的に説明していると思いました。

 


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