■ユダヤ民族の国ではなく、ユダヤ人とアラブ人の二民族国家を

 


 

牧野雅彦『権力について ハンナ・アーレントと「政治の文法」』中央公論新社

 

牧野雅彦さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 

アーレントの政治思想の背景を、さまざまな観点から整理しています。

 アーレントは、パリに亡命していたときに、「ユース・アーリア」という運動に加わっていたのですね。これは、ユダヤの青年を、中東のパレスチナに移民させるという運動です。

 その後、アーレントはアメリカに移住します。米国でのアーレントは、ユダヤ人国家の建設を進めるシオニズムとは、距離を置いていたのですね。ユダヤ人が「故国(ホームランド)」を築くことは重要だけれども、それは「ユダヤ民族の国家」ではなく、むしろユダヤ人はアラブ人といっしょに、「二民族国家」を作るべきだという、ユダ・マグネス(1877-1947)の構想を支持していたのですね。

 このアーレントの構想をまとめると、

 (1)アラブ人とユダヤ人は、平等な政治的権利と義務を持った連邦国家を形成する。この政治的平等を保障するためには、さらに広い文脈で、連合が必要になる。

アーレントは、この「二民族国家」をイギリス連邦(オーストラリア、カナダなどを含む)の一部にすることが望ましい、と考えた。

 (2)この連合国家は、パレスチナだけでなく、トランスヨルダン、シリア、レバノンをすべて含んだものとする。

 この構想は、しかしイギリスのヘゲモニーを当てにしたものであり、その後イギリスのヘゲモニーは崩れていく。イギリスは植民地を放棄し、諸国が政治的に独立していく。こうなると、パレスチナで「二民族国家」を作っても、それが安定する保障はなくなりますね。

 アーレントはまた、地中海連合のようなものを構想したのですね。フランス、イタリア、スペイン、といった国と連携して、パレスチナ問題を解決するのだと。この場合、二民族国家を作って、その国をこの連合の一員とする、というわけですね。

 いずれも「力の均衡」という観点からの提案だと思います。現在のイスラエルとパレスチナのあいだの戦争を、どのように解決すべきなのか。諸国が外部からコミットメントして、連邦ないし連合的な統治を考える方向に、コミュニケーションを構築していく必要があると思いました。


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