■出版・編集の仕事って、いいなあ
栗原哲也さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。
前著『神保町の窓から』(2012)も読みごたえがありましたが、本書も充実した内容であります。文章表現がすばらしく、情感が何とも言えず、引き込まれてしまいます。
本書は、日本経済評論社の歴史を、興味深いエピソードとともに、一通りまとめています。歴史を残すというのは、こういった叙述の方法で、事細かなことを立体的に構成していくことなのですね。日々の生活の日誌と、その都度のタイミングでの人生の省察が必要である、と思いました。
私が驚いたのは、中国人留学生の林燕平(リン・リャンピン)さんの博士論文を、日本経済評論社が出版したということ、そしてそれだけでなく、林さんが帰国する際に、出版祝いと帰国送別会をかねて、国際会館に100人以上も集まったということです。
その席で、林さんがあいさつした文章があります。それが本書に収められています。
林さんは、ちょうど私が大学院生だったときに、ほぼ同期でいっしょに学んだので、懐かしい思い出が蘇ってきました。林さんは、最初はまったく日本語を話せなかったのですが、最後は、すばらしい日本語の文章を残して、中国に帰国されたのですね。以下、引用します。
「言葉もほとんど通ぜず、一人の友とてなかった私が、こうしてこんなにも多くの日本の方々と交歓できることのすばらしさは、決して言葉だけのものではありません。お互いに誠実に生きようとする人間一人ひとりの真摯な気持が通じ合っているからこそだと思います。私が日本での生活で得たものは、こうした精神であったとしみじみ思っております。私はこの宝石を胸に抱いて、今後それを国際社会に少しずつでも還元できるように努力してまいる所存でございます。今日は、ほんとうにありがとうございました。」(219-220)
中国に留学した日本人も、このような言葉を残して日本に帰国することがあるのだろうか。栗原さんは、そのように問いかけています。たしかに、そのような疑問がわいてきます。
外国で勉強すること、そして研究を通じて人と交流し、人間的な誠実さの関係を築いていくこと。そのような経験は、人生のかけがえのない価値になります。それを可能にする大学と、出版業に携わる人たちは、このようなすばらしい経験を生みだしている。改めて、自分の研究と、その活動の意味を見直す機会になりました。ありがとうございました。