■日本の近代化と仏教の哲学化
藤田和敏『明治期の臨済宗 宗政家と教団経営』相国寺教化活動委員会
藤田和敏さま、ご恵存賜りありがとうございました。
明治時代、日本の仏教界はキリスト教に対抗すべく、仏教を「近代化」することを急務としました。(池田英俊『明治の新仏教運動』昭和51年刊)
その一つに、仏教を哲学的に基礎づけるという哲学の運動があります。代表的な人物は、井上円了です。著書『真理金針続々編』で、井上円了は仏教の「中観」を、ヘーゲルの弁証法を先取りしたものとして位置づけます。また井上は、近代国家の教育・哲学にふさわしい、仏教的な護国のあり方を構想したのですね。
あるいは真宗大谷派の境野黄洋は、新仏教運動を展開します。
さらに、「自発的結社」をベースとする仏教、「通仏教」的な結社が組織化されます。これは一つの宗派に偏らずに、仏教全般に共通する教説を教理とする結社の組織化であります。そしてこのような動きの中から、仏教各宗教会というものが組織されるのですが、しかしこれは10年足らずで解散してしまうのですね。
いずれにせよ明治時代には、仏教の近代化とアソシエーション化の動きがあった。これらは仏教の改革運動とされます。では当時、既成の宗派は、内部でどのような改革を試み、あるいは試みに失敗したのかということが、本書で語られています。これはつまり、宗教団体組織のマネジメント論ですね。いろいろな示唆を受けました。