■哲学者バーンスタインの自伝的回顧
リチャード・J・バーンスタイン『プラグマティズム的邂逅』斉藤直子訳、法政大学出版局
斉藤直子さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。
この本の第一部は、バーンスタインの自伝的な内容を含んでいます。
バーンスタインは、哲学(とくにプラグマティズム)とどのように出会って、そしてどのような哲学者人生を歩んできたのか。
まず高校で、文学や音楽や芸術の喜びを感じて、知的な目覚めを経験したというのですね。そして当時、真の知識人になりたかったら、シカゴ大学こそ唯一の場所だと信じられていたので、自分もニューヨークのブルックリンからシカゴに行ったのだと。
ところが大学院で、哲学を研究しようと志して、ヘーゲルに関する授業を受講したら、難しすぎてついていけない。怖気〔おじけ〕づいてしまった、というのですね。しかしそれでも、ヘーゲルについて議論できるようになった。これが人生を変えることになったのだと。
シカゴ大学の大学院に進学して、ヘーゲルを読んだけれども分からない。でも議論できるようになった。それでいい、ということですね。議論できると、自信がつく。それでいいのだと。
ところで、その当時のアメリカでは、分析哲学が流行していてました。バーンスタインはしばしば、「あなたは哲学をしているのですか、それとも哲学史に関心があるのですか」という質問をされました。哲学をすることは、哲学史を勉強することではなく、分析哲学をすることだとみなされていたのですね。
しかし分析哲学は、真に哲学的な思考とは言えない。バーンスタインはそのように考えます。では、バーンスタインは、真に哲学的な思考を見つけたのかどうか。それは分からないですね。
バーンスタインは、ユダヤ人で、当時、イェール大学で助手をしていたころ、ようやくユダヤ人も大学教授として採用されるようになった。それでバーンスタインも、イェール大学で、常勤職につけるかもしれない、というチャンスが回ってきました。ところがバーンスタインの人事は、きわめて政治的な問題になったのですね。
結局バーンスタインは、イェール大学での常勤職を得られませんでした。しかし、教授会の決定に対して、学生たちが抗議をします。2000人の学生が、デモ行進をして、さらに学長室の周りで数日間、徹夜で座り込みをしたのだというのですね。各種のメディアでも大きく報道されたというのですから、これは大きな事件です。
当時の大学は、教育を犠牲にして、研究に重点を置きすぎている。学生たちは、このように抗議しました。
バーンスタインは、哲学を教える教育者としての才能があったのですね。学生たちに、教育者として評価されていた。私が一番いいと思うバーンスタインの本は、Praxis and action: contemporary philosophies of human activity
(1971)です。邦訳はないようですが、この本は哲学史を語る際の着眼点がよくて、哲学の入門書としてもいいと思います。
例えば、アーレントの「活動」概念は、praxisでもあり、actionでもありますが、この二つの概念は、どう違うのか。哲学者たちはこれまで、さまざまな議論を積み重ねてきましたが、バーンスタインは、その内容を興味深くまとめています。晩年のアーレントは、バーンスタインと交流したようです。その経験について、バーンスタインは本書に記しています。