■ニーズで読み解く経済思想



中村隆之『今こそ経済学を問い直す 切実な「必要」の声を聴くために』講談社現代新書


中村隆之さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 

 本書は経済思想史を、「必要(ニーズ)」の観点から描いた入門書です。「必要」の概念を、私たちが「ほんとうに求めるもの」という意味で使っています。

 では私たちが「本当に求めるもの」とは、何でしょうか。それは「公益」と言い換えることができます。あるいは「構造的な不正義がない社会」と言い換えることもできます。

 本書は「公益」について、「企業の社会的責任(CSR)」を検討しています。また「構造的不正義」について、苦汗産業で働いている労働者に対する搾取、女性差別、精神障碍者差別、地球環境問題、などを検討しています。企業が社会的責任を果たして、労働者が搾取されない、女性が差別されない、精神障碍者が差別されない社会。そして地球環境問題を解決できる社会。これらが、私たちか本当に欲しているものだ、というのですね。その通りだと思います。

 本書の第六章で提案されているのは、企業に対して、利益の一定割合を、CSRに使うことを義務づけることです。これは具体的には、公益財団やNPOのような組織に、企業が寄付して、社会的貢献をアピールする、ということですね。しかも、たんにステイクホルダーたちの必要を満たすのではなく(公益資本主義ではなく)、ステイクホルダーにならない人たちの必要も満たさなければならないのだと。

 ではどうやって、社会の「必要」を、企業の取り組み全体で満たしていくことができるのでしょう。そのためのヒントとして、ポズナーとワイルの共著『ラディカル・マーケット』で提案された、投票システム案が参考になるというのですね。各人は、100ポイントをもっている。そしてこの100ポイントを、解決してほしい社会問題に、割り振っていく。そのような投票をすることができれば、社会全体で、どの問題が重要なのかが民主的な手続きで可視化されるでしょう。

 しかし問題は、この投票システムで、ポイントを割り当てる社会問題の選択肢をどのように構造化するかです。「投票選択肢の構造化」の問題です。うまく構造化しないと、人々のニーズをつかむことが難しいでしょう。解釈のバイアスが生まれます。

いずれにせよ、このように何が重要な社会問題であるのかについて、民主的にポイントを割り振っていく方法は、これまでの経済思想では論じられてこなかったアイディアです。

 このCSRを義務化して社会全体の必要を満たすという考えは、政府が法人税を追加で課して、それを政府が公益財団やNPOに配分していくことと、実質的には同じ結果になるかもしれません。CSRは、これを義務化しない場合には、企業は自社にとって儲かる分野に社会的貢献をするのみでしょうが、社会全体として「必要」を満たしていくためには、企業にとって儲からない分野への社会的貢献を、企業に公平に分担してもらう仕組みが必要です。それは結局、民主的な意見を集約する政府が判断しないといけません。

 そのようなことを考えてみました。

しかし、私が思うに、根本的な問題は、民主的な投票の手続きによって、私たちは「本当に求めるもの」を同定することはできない、ということだと思います。それは私たちが投票する際に、自分が何を本当に望んでいるのか、実際にはよくわからないからだと思います。私たちは、自分にとって何が本当ニーズなのかが分からない。しかし試行錯誤しながら、少しずつ学ぶことはできる。このような「無知」と「学習」の前提を立てたときに、経済学はどんな制度を提案できるのか。これが私のいう「自生化主義」の問いです。この観点から望ましい投票制度について、考えてみたいと思います。

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毎日新聞のインタビュー記事につきまして、訂正します。

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