■最新の経済学史研究に学ぶヒント
松山直樹さま、吉原千鶴さま、恒木健太郎さま、ご恵存賜りありがとうございました。
マーシャルが生きた時代においては、しっかりした教科書と体系的な理論書を書くことが、重要な役割を果たしたのですね。経済学という学問をパラダイム化し、大学で経済学のステイタスを確立する。するとさまざまな大学で、経済学部を創設することにもつながった。つまり、当時の体系的な教科書は、学問の支配力を拡張する営みでもあったのですね。現在はしかし、そのような教科書を書く人が少ない。
マーシャルは、メアリー夫人とともに『産業経済学』(1879)を出版します。そして『経済学原理』(1890)を出版します。これらは半世紀にわたって、スタンダードなテキストとして読まれました。
ピグーの理論については、「正の外部性」の概念が、もっと論じられていいと思いました。政府が補助金を出したり、基礎研究を担ったり、流通過程を整備したりすれば、市場の作用をもっと活性化できる、という考え方です。政府が「投資する」と言い換えることもできます(72頁)。ですが、これは経済に投資するというよりも、経済社会ないし経済制度に投資する、ということでしょう。政府が市場のプレーヤーとなって投資するのではなく、市場を整備したり促進したりするための投資をします。
ドイツでは、ゾンバルトが1930年に『三つの経済学』を刊行しました。三つの経済学とは、「規整経済学(スミスの自由競争を正しいとみなす経済学)」、「秩序経済学(ミル、ケアンズ、メンガーなど自然科学をモデルにする理論)」、および、「理解経済学(ゾンバルトの立場)」です。
ゾンバルトは一般に、歴史学派とみなされていますが、ゾンバルトによれば、旧歴史学派(ロッシャー、ヒルデブラント、クニース)、新歴史学派(シュモラー)、最新歴史学派(ゾンバルト)を分けるべきだと言うのですね。
そして当時は、これらの三つとは別に、オルドー学派が登場します。本書の128頁によれば、ドイツのナチ党(NSDAP: Nationalsozialistische
Deutsche Arbeiterpartei国民社会主義ドイツ労働者党)は、オルドー自由主義の考えを重用したというのですね。これに対してゾンバルトは、1934年に『ドイツ社会主義』を刊行して、ナチ党に新しい経済システムを提案するのですが、これは受け入れられなかったのだと。
しかし、オルドー自由主義の考え方に賛同していたレプケは、ナチスを批判したため、社会的な地位が危うくなり、トルコに亡命しました。オルドー自由主義とナチ党の関係は、最終的には、ナチ党は全体主義・国家統制に向かったため、オルドー自由主義と対立します。ナチ党は、最終的にはゾンバルトのいうドイツ社会主義の考えの一部を、受け入れたのかどうか。そのような関心が浮かびました。