■下からの権威主義
ラヴィーシュ・クマール『声を上げる自由 インドの民主主義と文化と国家について』倉田夏樹訳、湊一樹解説、作品社
作品社編集部さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。
インドのモディ政権の下で、自由がしだいに奪われていく現実を、ジャーナリストの視点で生々しく描いています。とても深刻だと思います。米国トランプの政権においては、2026年、「報道の自由」の米国の世界ランキングが、7ランク下がって64位になりました。インドにおいては2025年のデータですが、報道の自由は、180カ国中151位です。インドの方が、かなり低いです。
インドで、「IT部隊」という言葉があります。オンライン上で、モディ政権のプロパガンダ活動を行う人たちを指します。ある人が政権を批判すると、この人たちに批判されて、「反インド、反宗教、野党の回し者」などと罵〔ののし〕られてしまうのですね。このIT部隊による批判活動はすさまじい。だからメディアは批判を恐れて、政権の「御用メディア」にならざるを得ない、というのですね。
なるほど、これは「下からの権威主義」ですね。
モディ政権以前は、もっと自由でした。ところか最近では、マスメディアで政治を客観的・中立的に報道してきた人たちも、IT部隊に批判されて、自由な報道ができなくなった。モディ政権を支持する報道をするか、そうでなければ会社を退職せざるを得ないのだと。
IT部隊は、SNSを用います。ワッツアップ(日本のLINEのようなSNS)で、言論をパトロールしています。モディ政権を批判する人を、誹謗中傷します。だから人々は、ワッツアップなどのSNSで、自由な言論活動ができなくなる。
これはしかし、SNSの言論空間をどのようにデザインするかという問題でもあります。批判者に対する誹謗中傷が拡散しないように、SNSの運営会社が工夫する必要がありますね。そうしないと、実質的に自由な言論活動ができなくなってしまう。
著者は2018年に、雇用問題をめぐって、あるテレビ番組を作りました。公務員の採用試験に、何百という求職者が応募するのですが、募集人数は極めて少なく、しかも採用までに四年間もかかる。こういう現実を報道すると、インドでは報道した側が「政権を批判した」とみなされて、SNSで誹謗中傷されてしまうのですね。
こうなると、政治を批判することは難しいです。しかも人々は、電話での盗聴をおそれて、政治批判を口に出さないようになる。こうした自由の萎縮が、「IT部隊」などによってもたらされているというのは、ショッキングです。
湊一樹さんによる本書の「解説」と、訳者の倉田夏樹さんによる「訳者あとがき」は、とても充実していて、インドの深刻な状況を伝えています。
例えば、メディアは、政府広告による収入に依存している。するとメディアは政府に忖度するようになる。これは当然ですね。政府広告の規模を制約するか、政府がどこに公告するのかについてのルール作りが必要ですね。
自由で民主的な社会を維持するためのメディア制度を、どのようにデザインすべきなのか。大いに考えさせられました。