■遺伝によって「生まれつき」が決まるわけではない
ジョナサン・マークス『科学から見た人間の〈多様性〉とは何か 遺伝科学と疑似科学』桐谷知未訳、作品社
作品社編集部さま、ご恵存賜りありがとうございました。
この本は、よくある誤解を正す入門書です。
例えば、遺伝だ、生まれつきだ、運命だ、といったことは、それぞれ異なる意味をもつわけで、遺伝によって「生まれつき」が決まるわけではなく、「運命」が決まるわけでもない、ということですね。
また、遺伝的な差異が、人間集団を確定するわけでもない。例えばノルウェー人とデンマーク人を遺伝子レベルで差異化できるかというと、怪しいのですね。
私たちは、遺伝子の差異によって、血統を語ることがあります。しかし私たちが先祖から遺伝子を受けついでいるといっても、よく考えてみないといけない。
減数分裂と呼ばれる細胞分裂の過程で、生殖細胞の染色体の数は半分になります。その初期段階で、各染色体は、対となる相同染色体を見つけて、接着して断片を交換します。これを「乗り換え」と呼びます。この乗り換えによって、私たちは父親と母親の遺伝子を半分ずつ受け取ることになります。
すると、この過程を11世代繰り返すと、私たちは、11世代前の先祖の遺伝子を、2048人から受け継いだことになる。遠い世代から受け継いだ遺伝子は、平均して0.1%未満。では、この2048人の先祖を、自分の先祖として敬うことができるのか。敬うことができる人は、道徳的にどのような意味で美徳を持っているのか。この問題を考えてみたい。
この問題は同時に、未来向けて、私たちの11世代後の人たちへのケア(配慮与)という問題にもつながります。未来人をケアできる人は、どのような意味で美徳を持っているのか、という問題です。