■パタン予測はあるパラダイムに基づく





ブルース・コールドウェル『ハイエク』八木紀一郎監訳、田村勝省訳、一灯舎

八木紀一郎さま、ご恵存賜りありがとうございました。

コールドウェルという人は、最初に『実証主義を超えて』という本を出して、私はその翻訳を学部生か大学院生の頃に丹念に読んだ覚えがあります。この本は、経済学方法論の論争を一通り検討して、当時の主流派経済学の方法(パラダイム)ではいけないのだ、という強いメッセージをもっていました。
では実証主義を超えて、経済学はどのような方向に発展させることができるのか。そのような問いが問題になるわけですが、結局のところコールドウェルは、自分で新しい経済学を発展させる責任を引き受けずに、たんなるハイエク研究者になってしまうんですね。
本書はその集大成であり、ハイエク研究としてはシャープで、周到に書かれていると思いますが、それ以上のものではなく、経済学者あるいは経済思想家としてのコールドウェルのオリジナルな議論はまったく展開されていません。その意味で、コールドウェルのような研究者は、反面教師としたいところです。
しかし本書のなかで、少し脱線するといって述べられているのですが、「パタン予測」に関する問題は、重要だと思いました。471頁。
 1990年代に、デイヴィッド・カードとアラン・クルーガーが実証研究を行って、当時、最低賃金の緩やかな上昇が、雇用の喪失に影響を与えなかったことを示しています。これは、従来の経済学者たちのパタン予測とは、異なる結果だったわけですね。ただ当時、なされた反論は一つだけでした。
実証する際の現実は複雑で、データの信頼性や企業側の複雑な意思決定など、考慮しなければいない要素はたくさんあります。経済学者というのは、個々の実証や反証をそれほど重視しているわけではなく、むしろパタン予測を重視している。そしてそのパタン予測というのは、経済学の論理というよりも、経済学者たちがあるパラダイムで教育を受けるという、ディシプリンに基礎をおいているわけですね。賃金が上昇すれば雇用喪失効果をもつので、それは貧困を削減しないというロジックは、主流派の経済学者たちに最初に刷り込まれるディシプリンからの発想である、というわけです。


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