■反グローバリズムとショッピング・モール






山田真茂留編『グローバル現代社会論』文眞堂

富永京子さま、畑山要介さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 反グローバル運動に参加して、地球のどこかで自治キャンプをする場合に問題になるのが、マイノリティへの対応ですね。
 例えばトイレです。性的マイノリティには、どのように配慮すればいいのか。男性用、女性用、その他〇〇用、という具合に細分化していくのか。それとも性別そのものを取っ払ってユニセックスにしてしまうのか。
 あるいは禁煙ゾーンについて。これは「喫煙ゾーン」にすべきなのか、それとも「禁煙者ゾーン」にすべきなのか(禁煙者たちを囲い込むべきなのか)。
 他にも、ベジタリアン・メニューを用意すべきか。ごみの分別をすべきか、等々の問題が発生します。
 グローバリズムに反対するなら、環境に配慮した行動を実践する必要がある。しかしそのように発想すると、反グローバルなアナキストたちは、実際には抵抗するでしょうね。反グローバリズムの実践は、あらゆるルールを撤廃するアナキズムの要求である、と主張するでしょうね。しんし反グローバリズムは、環境団体が要求するような、もっと市民的なコントロールを求める運動でもあります。運動に内在する矛盾が現れます。
 一方で、2000年代以降、私たちの社会の「ショッピング・モール」というものは、グローバル化とともに「ファスト風土化」したというよりも、脱力的な生き方を包摂するようになってきました。人々は、ショッピング・モールで、自分を顕示的に見せるよりも、気楽で居心地のいい時間を過ごすようになってきました。ローカル化した、ということですね。またショッピング・モールには、行政の窓口や図書館、児童センター、就労支援センターまであったりして、地域の社会的な課題に応える空間にもなっています。
 ショッピング・モールは、世界中どこに行っても、だいたい同じような空間ですが、そうした意味でグローバルな空間が、ローカルな課題にも応える場所へと変化しているというのは、興味深いですね。地元に愛着がある人は、地元のイオンに行くわけですね。
 むろん、オンラインショッピングがさらに成長すれば、ショッピング・モール文化は衰退して、空室率が上がり、モール全体を維持することが難しくなるかもしれません。そのときは地方自治体が、モールの再利用について真剣に検討する日が来るかもしれません。


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