■文化財の「拝観」は宗教的行為なのか
京都仏教協会編『古都税の証言』丸善プラネット
京都仏教協会さま、ご恵存賜りありがとうございました。
古都税を課税するかどうかをめぐって争われた際の根本的な問題は「寺院拝観行為は、宗教行為なのか、それとも、世俗的な文化鑑賞行為なのか」ということですね。
京都市は、世俗的な美術鑑賞行為であるとの観点から、間接的な課税の対象にしました。しかし、国が所有している文化財ならともかく、民間が所有している文化財に対して課税するのは難しい。課税されるくらいなら、文化財の所有者は、それを見せない、という意思表明をすることができますからね。
寺院拝観行為に対して「課税すべきではない」という場合の論理は、「拝観」という、一見すると、外形的で非本質的とみなされるような行為ですらも、内心の信仰を形成するための、重要な宗教的役割を担っている、ということなのですね。
拝観だけでなく、儀式への参加や、坐禅体験などは、宗教の本質とは異なる世俗的な行為と言われるかもしれませんが、問題は、世俗と宗教のあいだに、どのような線引きが可能なのか、国民の間に合意がなければ、判断することは難しいです。
私たちの社会は、十分に世俗化しているのではなく、拝観を含めた宗教行為への非課税によって、非世俗的な世界へとつながっている。この事実に、改めて驚かされます。