■歴史・思想研究の意義は、他者の活動を「語る」こと

 


 

牧野雅彦『精読 アレント『人間の条件』』講談社メチエ

 

牧野雅彦さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 

 この本と同時に、牧野雅彦訳、アーレント『人間の条件』講談社学術文庫、もご恵存賜りました。ありがとうございました。

このアーレントの新訳は、まさに待望の偉業でありました。

これまでのちくま学芸文庫版は、それ以前の訳を少し修正して文庫化したものであり、訳語の問題が残っていました。私は学部生のときに、横浜国大で、斉藤純一先生のゼミで、まだ文庫化される以前の翻訳を元に、この本を読みました。とてもワクワクして読んだのですが、理解できた内容は少なかったように思います。そのとき、斉藤純一先生が、いくつか訳語の問題を指摘していて、なるほど重要な問題だと思いましたが、それ以前の問題として、私がどこまで理解できたのかが不確かで、とりあえず、労働・仕事・活動という、経済思想にかかわる範囲では理解しましたが、その背後にあるアーレントの思想が、どのようなものかをそれを理解できませんでした。大学院生のときに改めて読みなおし、さらに教員になってから読み直し、という具合に何度も読みました。

 今回、新しい訳書を刊行されましたことを、心よりお慶び申し上げます。

 講談社メチエから出された『精読・・・』は、その解説書として、重宝します。この本は経済思想の書としても古典なので、若い人にはぜひ、この解説書とともに勧めたいです。

 アーレントは、マルクス主義に対して批判的で、とくに労働を称揚する点に、哲学的・思想的な問題があると考えました。アーレントは、労働と仕事と活動の三つを分けて、活動を重視します。それは人間が行為するとして、その行為の意味は、他者が語ることによってはじめて明らかになる、という考え方につながります。自分は自分の行為の主人公であるとして、主人公は、自分が生きる人生の物語全体を、把握できないのですね。物語は、自分が事前に組み立てるのではなく、たとえ組み立てたとしてもそれは不確実なので、変更を余儀なくされる。だから物語は、最終的には、自分の行為の後で、誰かが語ることになる。それが人生であり、つまり自分の人生の意味は、誰か別の人が語ることによって与えられるのだと。

 そしてその物語の源泉となるのが「思考」であり、思考は、人間のさまざまな営みに「意味」を与える営みなのですね。これは「認識」とは異なるのだと、アーレントは考えました。そしてこの思考の営みが、『人間の条件』の続編として書かれた、未完の『精神の生活』だったのですね。

 歴史や思想史の研究は、なぜ重要なのか。それはこの「思考」の営みであるという点でしょう。つまりこれらの研究は、他者の営みを評価することであり、人間の「活動」世界を作り出す営みになります。誰がどう生きたのかを評価する。そういう思考の営みを、私も大切にしたいと思いました。


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