■なめらかな社会の投票制度




鈴木健『なめらかな社会とその敵』ちくま学芸文庫

 

 鈴木健さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 なめらかな社会の「なめらかさ」とは、「0」と「1」のように物事を区別しないで、その境界を、かぎりなくなめらかに移行するようなイメージなのですね。

 社会システムを捉えるときに、私たちは、私たち人間の認知のシステムと、社会のシステムのあいだに、構造的なカップリングがあると想定します。そして何らかの記号によって、社会システムを捉えようとします。するとその記号というのは、「A」と「Aでないもの」を区別するという具合に、認知の離散化が起きて、そのあいだの曖昧な領域は、あたかも存在しないかのように扱ってしまいます。

 例えば、婚姻制度に基づく結婚、というシステムは、婚姻状態か、それとも婚姻がない状態か、という二つの状態に分けて、このシステムを捉えます。そしてこの捉え方に応じて、戸籍制度や税額控除などの制度を整えていきます。しかし、婚姻状態でも、結婚していると言えるのかどうかは、それぞれの事情があって、さまざまでしょう。個々の事情に応じて、関連する諸制度を整えることがもしできるとすれば、それが「なめらかな社会」となるわけですね。

 これは普遍主義というよりも個別主義の発想になりますが、しかし、いくつかの段階ごとに結婚の状態を区別して、それぞれの段階に応じて、各種の制度を普遍的に整えるなら、それは、なめらかな普遍主義の社会、ということになるでしょうか。

 「なめらかさ」というものを、本書はとりわけ、貨幣制度と投票制度において実現する方法をデザインしています。

 私たちの市場社会においては、商品やサービスに対する消費者の評価は、提示された価格で、それを買うか買わないか、という選択になります。しかし、なめらかな社会を作る場合、商品やサービスを購入した後にも、その商品やサービスを事後的に評価して、支払ったお金の価値が変動するようにする、というのですね。これは株式投資の仕組みを、通常の取引にも拡大するようなイメージですね。このような仕組みを導入すれば、売り手は、長期的に顧客を満足させるような商品を開発するでしょう。

 投票システムをなめらかにするには、現在の投票システムのように、11票で、ある人やある政党に投票するのではなく、例えば1票を10分割して、0.1票を自民党、0.5票を維新の会、0.4票を立憲民主党、にそれぞれ投票できるような仕組みにするわけですね。これはつまり、110票制、ということでしょう。

 さらに、委任投票制を導入する。Aさんは、Bさんに0.5票を委任して、BさんはCさんにそのうちの0.2票分を投票する。このようなことができるようにする。このようにすると、自分でだれに投票するかを決めるよりも、政治の仕組みをよく分かっている人に委任投票をしたほうが、賢い投票になる。このことに、多くの人が気づくでしょう。

 この委任というのは、なめらかさの実現というよりも、理性に対する負担を軽減する、という目的にふさわしいのではないかと思います。

 また、政党への評価をなめらかにするために、投票を事後的に、いつでも簡単に変更することができるようにする。こうして、政権を担う与党に対する評価を、随時、投票で表していこう、というわけですね。これは実際の投票ではなく、仮想的な投票システムを構築して、実行できる提案ですね。実際にやってみたら、どんなメリットとデメリットがあるのか。そこから私たちは、代表民主制のあり方について、いろいろ学ぶことができるはずです。

 このなめらかさの理想は、日本に在住する外国人に投票権を与える際にも、検討できますね。在住期間、日本語の能力、税金の支払いなど、さまざまな点を考慮して、0.1票から0.9票まで、割り振ることができますね。

 なめらかさの制度は、大学の入学要件や進級要件にも、応用できると思いました。あなたは0.1入学した/卒業した、とか、0.1進級した/落第した、というような仕組みができると、大学生のアイデンティティやステイタスは、なめらかなものになるでしょう。


このブログの人気の投稿

■「天」と「神」の違いについて

■自殺願望が生きる願望に反転する

■ウェーバーvs.ラッファール 「プロ倫」をめぐる当時の論争