■お金があれば芸術活動をするだろう ハイエクの人間観
池田幸弘さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。
F.A.ハイエクは『自由の条件I』で、政府が芸術活動を支援するための方法を考えました。本書は、次の文章を引用しています。
もしわれわれに、そのような集団を生み出す、よりよい方法が分からないとすれば、人口全体から百人に一人あるいは千人に一人を、無作為に選び、かれらが何を選択しようとそれを追求するに十分な資産を授けるのをよしとする有力な議論があってよいだろう。191頁、邦訳176頁。
100人に一人、あるいは千人に一人、政府が無作為に莫大な資産を授けたとしましょう。するとその人は、何をするでしょうか。おそらく一定の割合で、芸術活動をするでしょう。無駄遣いする人もたくさんいるでしょうし、奢侈的な消費生活をする人もたくさんいるでしょう。けれども文化が成熟すれば、ある程度まで、人々は芸術活動をするだろうと期待できます。
もちろん政府ではなくて、富裕層が芸術家の活動を支援する、という方法もあります。保守主義者であれば、この方法に賛成するでしょう。しかしハイエクは、保守主義者ではありません。富裕層が芸術活動を支援することを認めますが、それ以外のアイディアを検討します。
芸術活動は、たんに市場に任せるだけでは、あまり発展しません。市場で売れる芸術は、真の芸術ではないことが多いです。そこでハイエクが検討するのは、くじ引き制でもって、無作為に莫大な資産を誰かにあげる、という方法なのですね。
市場経済を擁護するハイエクは、金儲け第一主義ではなく、むしろ人間は、お金があればそれ以上に儲けようとしない、芸術に向かう人間だ、という楽観的な期待があったのですね。
もちろん、金儲けを優先する人もいます。しかしそうではない人もいる。これはリアルな人間観ですが、ハイエクはさらに、リアルな人間観を超えて、人間の文化的欲求に対して楽観主義的だった、といえるかもしれません。