■国連は一時的ベーシック・インカムを推奨
永嶋信二郎さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。
ベーシックインカムは思想史的にみて、右派と左派の立場からそれぞれ提起されているのですね。そして現在でも、右派の一部と左派の一部がそれぞれベーシックインカムを支持しています。しかし左派の方が、この政策に訴えることが多いですね。複雑な状況を理解しました。
イギリスにおけるベーシック・インカムの起源として、トーマス・ペインとトーマス・スペンスの二人がよく参照されます。ペインは、私有財産制と市場経済の下で、高齢・障害・出産・育児に対する普遍的な社会保障を提案します。これに対してスペンスは、土地を自治体のコモンズとして共有し、その地代から得られる利益を、普遍的に分配するという提案をしたのですね。いずれも1797年の提案であることも興味深いです。
20世紀前半のイギリスでは、ミルナー『国家特別手当の計画』(1918)や、リズ・ウィリアムズ『新しい社会契約』(1943)など、ベーシックインカムの具体的な提案が構想されましたが、採用されませんでした。1942年の『ベヴァリッジ報告』に基づいて、社会保険制度が確立されていきます。
ベーシックインカムは、たんなる福祉国家主義ではなく、もっとラディカルな左派からの提案だったのですが、その場合の「ラディカル」の意味は、福祉の提供に際して、受給者の生活世界に対するミクロ権力を回避するということです。
現在、ベーシックインカムが、右派と左派に共通する関心になっている事情について、以下の文章を引用します。
「BI[ベーシックインカム]は一般的なイメージとして、左派的ないしは社会主義的な傾向を持つ政党を含む運動団体や活動家などの間で見られる政策とされることが多いが、必ずしもそうではない。むしろ、英国やアイルランド共和国では、BIをめぐって、いわゆる経済的新自由主義ないしリバタリアンの立場からの議論や保守系政党からの政策提起が存在し、具体化に向けた議論の推進力となっている点を見落としてはならない。」(216)南野泰義「新自由主義経済政策が生み出した社会的緊張への政治的応答」(第八章)より。
韓国では、現在のイ・ジェミョン(李在明)大統領が、ベーシックインカムを支持しています。韓国には、農漁村BIというビジョンがあります。すでに六つの地域で、一人当たり毎月約1万5000円のベーシックインカムを支給する実験がなされています。農民団体や漁民団体などが連帯して、これを推しているのですね。それから各地方自治体で、炭素税を課税して、その収入をBIとして再分配するという提案も興味深いです。
この他、興味深いのは、国連が主導して、危機への対応策として、「ベーシックインカムの一時的な導入」を奨励するようになったことです。このような発想に基づく政策は、一国レベルでも同様に奨励されるでしょう。パンデミックや地震などの非常事態において、一時的にベーシックインカムを給付する。これは保守の観点からみれば、「恩赦」と呼べるかもしれません。
現在、リベラルな政策の一つとして、一時的なベーシックインカムを実験していく価値があるでしょう。新たな政策を探るための実験的な政策です。
関連して、アイルランドでは、2022年に、芸術家やクリエイター約2,000人に、週325ユーロ(約5万円〜6万円)を支給するベーシックインカム実験が始まりました。これはうまくいったようです。2026年から恒久化されることが決まりました。芸術支援策として、美術を鑑賞するためのチケット(美術館やコンサート)に補助金を出すよりも、芸術家にベーシックインカムを提供する。これは卓越主義的自由主義の一つの発想です。この議論を思想的に深める意義があると思います。