■日本発、オーストリア学派/リバタリアニズム現代思想史の達成
村井明彦『グリーンスパンの隠し絵 上・下』名古屋大学出版会
村井明彦さま、ご恵存賜りありがとうございました。
これはすばらしい達成です。グリーンスパンについて語るためには、たんに金融論の観点からその才能を評価するのではなく、やはり初期において彼が心酔したアイン・ランドの思想との関係で捉える必要があるわけですね。本書は、このランドのリバタリアニズムに影響を受けたグリーンスパンが、その後どのようにして自身の思想を形成していったのか、あるいは政策論を展開していったのか、丹念に追っています。現代の経済思想史を開拓した、まれにみる偉業ではないでしょうか。感銘を受けました。
グリーンスパンは、まず、ランドの主著『肩をすくめるアトラス』の草稿を輪読して読むという、当時のランド教の共同体に参加することができたのですね。これは興味深い。
また当時、ミーゼスがランドの『肩をすくめるアトラス』を読んで感動し、手紙を書いたのですね、しかもそれが残っているのですね。
グリーンスパンは、当時、ランドの愛人であった、ブランデンの研究所で講義を行っています。その内容がのちに、ミーゼス研究所のウェブサイトで公開されます。また、この講義をテープで聴講したサミュエル・ボスタフという人がいます。彼はグリーンスパンと文通もしている。そうした事実が、本書でいろいろと明らかにされています。扱っている資料がとても面白いですね。
上・下と大部ですが、後半もいっきに読むことができました。現代の経済危機の原因が新自由主義にないし自由主義にあるというのは俗説であって、むしろ自由主義の欠如こそが原因であるという主張に賛同します。
グリーンスパンは基本的にオーストリア学派的なリバタリアンなのであるけれども、金融政策の内部事情に通じたがゆえに、原則論から戦術論へと自らの見解を広げっていったとみることができる。しかし、はたして本当にそのように言えるのかどうかは、グリーンスパンの立場を、思想的・理論的に再構成する作業が、体系的にうまく展開できるかどうかに依存しています。そして本書は説得力のある仕方で、その再構成を達成しています。