■法案を審議するためのルールの選択理論
伊藤泰『憲法上の権利の政治経済学』成文堂
伊藤泰さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。
ブキャナ=タロックの立憲経済学と、ブキャナンの晩年の研究(ゲーム論と憲法に関するフロンティア的な研究)をそれぞれ読み込んで、独自の理論とその含意を引き出しています。これはすばらしい成果です。大いに刺激を受けました。
公共選択論者のデニス・ミュラーの権利論は、ブキャナンとタロックの研究成果をさらに展開したものなのですね。ミュラーは立法の段階で、人々がどのような法案審議ルールを選択するだろうか、という問題を理論化した。負の外部性、意思決定費用、大きな損失、不確実性、などを考慮すると、全員一致ルールよりも、憲法上の権利を創設したほうが、コストが安い。この理論は、アメリカの立法過程を説明する力をもっている、というのですね。
しかしミュラーの理論にはいくつか問題点があり、本書はそれらを克服して、新しい理論を提示します。
立憲段階における不確実性は、フランク・ナイトのいう確率計算ができない不確実性ではなく、ある程度まで確率計算ができる「リスク」であり、また「曖昧さ」であると。
かつてブキャナンは、ロールズのいう「無知のヴェール」との対比で、「不確実性のヴェール」という概念を導入しました。現実の世界おいては、ある法律の立法化から得られる利益に関するヴェールの厚さは、一定ではなく、またそれは操作可能でもある。立法化されるルールが一般的であればあるほど、不確実になる傾向がある。こうしたブキャナンの考え方を取り入れて、立法化の過程を検討するわけですね。
この他、本書は、「片思いの悲哀」型のゲーム状況というものを新たに想定して、その意思決定費用と外部費用を理論化しています。理論的に、独創的だと思いました。
問題は、憲法上の権利を新たに創設して、立法権力を縛ることに、人々の多くが利害関心をもつかどうかであり、これは立法される法律の内容によって異なるのでしょう。自分と自分の家族、あるいは子孫など同じ利害をもつと考える人たちが、利益をどれだけ得るのか。その利益とリスクに依存しています。
では、どんな立法が望ましいのか、またどんな立法過程が望ましいのか。こうした規範的な問題は、しかし、人々の利害の状況から説明できるわけではありません。現実の立法過程を説明する理論が、この規範的問題にどのように貢献しうるのか。関心をもちました。