■経済学史を学ぶには

 


 

久保真/中澤信彦編『経済学史入門 経済学方法論からのアプローチ』昭和堂

 

松本哲人先生、原谷直樹先生、佐々木憲介先生、石田教子先生、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 

 それぞれの章のタイトルの付け方がいいな、と思いました。読者の関心を引くだけでなく、書き手も力を入れて書かなければならないようなタイトルです。編者は執筆者に対して、執筆へのコミットメントを引き出すことに成功していると思いました。

 以下、個別の気になった点について記します。

38頁ですが、スミスは実際に「投資」という言葉を使ったのでしょうか。ここで訳文に補っている「投資した人」というのは、むしろ「生産者」ではないかと疑問に思いました。同様に、スミスの時代には、お金を貸してくれる人は、投資家とは呼ばれず、高利貸と呼ばれていたにすぎないのではないか、と疑問に思いました。これは投資家という存在が、たんにお金を貸したのではなく、投入したお金から、金利以上の分け前を要求する存在なのかどうか、という問題でもあります。

投資という言葉は、おそらくJ.S.ミルあたりの時代、19世紀前半から用いられるようになるのだと思いますが、スミスの時代に、お金を貸す人を投資家とみなしてよいのかどうか、という点が素朴に疑問に思いました。

 99-100頁で、ラッハマンの急進的な主観主義について、論じられています。急進的な主観主義は、市場がつねに不安定になりうると考えるわけですが、では制度は、どうしてある程度まで安定するのでしょうか。それは制度というものが、たんに認識によって生まれるのではなく、実践によって生まれるからでしょう。主観的な認識がいかに急進的になっても、実践が急進的にならないかぎり、制度は安定します。ラッハマンは、変更不可能な制度を「外的制度」と呼んでいますが、しかしそのような制度でも、実践的には変更可能です。この制度の不安定化について問わないところに、ラッハマンの保守的な立場があるのではないか、と疑問に思いました。

 119頁で、シュモラーの歴史主義が、実際にはかなり理想化されたかたちで社会改良的法則を導いている、という指摘があり、これはなるほど、と思いました。シュモラーは、自由主義と社会主義の中間的な、社会民主主義の立場をとったのですが、それでも当時、ドイツでは、プロイセン国家が行ってきた政策は、講壇の社会主義者たちが提唱したことと同じであり、その意味で、社会主義という立場は、政策として無理な要求をしていたわけではない、ということですね。なるほどです。

それでもシュモラーは、社会主義はだめで、もっと反権威主義的な方向で社会改革をすべきだと考えた。そのためには、歴史的な経験を踏まえなければならないということですが、逆に歴史的な経験を踏まえれば、ドイツの君主の権限を制約することは難しいのではないか。シュモラーはどうやって自分の価値観点を築いたのか。歴史を踏まえるということであれば、もっと君主寄りの、伝統主義的な立場でもよかったのではないか。そのような疑問がわいてきました。

 141頁で、第一次ニューディールの具体的な政策として、農業調整法と全国産業復興法が解説されています。これは興味深いです。いずれの政策も、最終的には、最高裁判所で「違憲判決」が出てしまうのですね。これは、政府の介入政策がそもそも違憲であるということなのでしょうか。それとも、農業調整法の場合、介入政策のデザインが悪くて、結局のところ、20%の富裕な大農業者にのみ利益をもたらしたからまずかったのか。この点について、知りたいと思いました。


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