■ピーター・バーガーの理論と思想
池田直樹さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。
この本のテーマは、とてもいいですね。博士論文を元に修正を加えたものだということですが、社会学者バーガーの社会理論、「リアリティの社会的構成」という社会現象学と、それから、バーガーの晩年の思想的な議論が、どのような一貫性をもっているのかについて、シャープに検討しています。私は「方法の思想負荷性」というテーマを最初に探求しましたが、この本は「理論の思想負荷性」について、バーガーの場合を明らかにしています。とても興味深いです。
アメリカでは1970年代ごろから、文化戦争のような状況が生まれます。他者を相互に理解できないような社会的分断が生まれます。他者をどう理解するか。その方法をめぐって、エスノメソドロジーの手法が開発されます。社会学の研究は、自国内の異文化理解へとすすみました。
しかしバーガーは、社会的現実というものが、分断されずに理解可能な状態であると考えた。そしてその現実を研究の対象にすると同時に、規範的にも、そのような現実が必要であると擁護したのですね。
そして最終的には、バーガーは、ロールズのいう「重なり合う合意」と同じような主張をするということですが、これは自らの信仰と政治的な公共性のあいだに、いかに折り合いをつけるかという問題でもあります。ただこの点に関しては、バーガーの議論は、あまり見るべきものがないなと思いました。
その一方で、本書の208頁から223頁にかけて紹介されているバーガーの議論は、重要であると思いました。
バーガーは、文化戦争に直面して、相対主義にも原理主義にも組みすることなく、中道的な立場を探ります。それは、社会をあるがままに理解しようとするバーガーの立場が、ラディカルなユートピアとしての改革ビジョンを退ける、つまり、あいまいなものや十分には理解できないビジョンを退ける、という穏当な保守主義の含意をもつということですね。
一方、社会がそもそも分断されている場合、言い換えれば、国家が道徳的な正当性を失っている場合は、社会全体を理解することができません。そこでバーガーが提案するのは、「よき仲介構造」によって、互いに理解することを助けるような実践なのですね。国家が道徳的な正当性をもつように、対話を通じて、一定の「重なり合う合意」を獲得することが重要だと。この重なり合う合意は、リベラルな内容に限定されるかもしれませんし、あるいは、一定の保守的な道徳へと進むことができるかもしれません。
この点で、バーガーは特定の政治的立場を明確にしたわけではないようですが、興味深いのは、第二次世界大戦後のドイツにおいて、福音主義アカデミーという、対話的仲介の制度がもうけられた。バーガーはこの制度に注目したのですね。1950年代には、この制度はうまく機能したのだと。
このような対話的仲介に期待を寄せていたというのは、なるほどバーガーの社会理論の一つの規範論的な含意でもあると思いました。この本は、博士論文として着眼点がとてもいいので、周囲の学生に勧めたいと思います。